Sweet Lovers(偽)⑦
私の前に並んでいた中村さんはその声を聞き逃さず、ここぞとばかりに冷やかす。
「あれ?志織さん、もしかして潤に惚れ直したんじゃない?」
「ええ、まぁ……」
打ったボールを拾って最後尾に並んだ三島課長が、透かさず中村さんを小突いた。
「太一、余計なこと言うな」
中村さんは「へいへい」とおどけて肩をすくめる。
前方ではメンバーたちが次々に見事なアタックを決めている。このチームは私が思っていたよりレベルが高そうだ。
ここで私のアタッカー魂に火が付き、負けてなるものかと思いきりジャンプして右腕を振りかざしたものの、思うように打ち込めない。全盛期に比べるとかなりへなちょこなアタックに愕然としつつ、ボールを拾ってまた最後尾に並ぶ。
そうか、私にブランクがあるだけでなく、あの頃よりネットが高いのか。
次はもっと高く跳ぼうとさっきよりも両腕を大きく後ろに伸ばし、その反動を利用して思いきり振り切ったけれど、2度目のアタックも不発に終わった。
次こそはと闘志を燃やして順番を待っていると、三島課長が心配そうな顔をして私の肩を叩いた。
「無理するなよ。あんまり張り切りすぎると肩壊すぞ」
「あ……つい力が入ってしまって。気を付けます」
そんなやり取りをしていると、ウォーミングアップを終えたモナちゃんが三島課長の後ろに並んだ。そして私と三島課長の足元を交互に見る。
「潤さん、シューズ替えたんですね」
驚いたことに、モナちゃんは三島課長のシューズまで覚えているようだ。それだけ三島課長のことを見ているのだとわかる。
「うん、替えたよ。昨日、中村の店で買った」
「ふーん……志織さんと色違いのおそろいなんだ……」
女子の勘が働いたのか、モナちゃんは面白くなさそうな顔をして呟いた。きれいに描かれた眉を寄せて、手に持ったボールをバシバシ叩いている。
モナちゃんは順番が回ってくると、一本目から驚異的な跳躍で、ストレートのコースに見事なアタックを決めた。ボール拾いがてらレシーブに入っていたメンバーが、その威力の強さにおののいて、一歩も足が出なかった。
怖い怖い怖い……!
他のみんなは何も言わなかったのに、モナちゃんはシューズを見ただけで、私と三島課長がただの同僚ではないことに気付いたのではないだろうか?
「……すごいですね……」
「ああ……いつも平日に体育館借りてる中学校のエースだったんだって。あと一歩のところで全国大会を逃したらしい」
「道理で……」
もし三島課長を掛けてアタックで勝負しろと言われたら、私には1ミリたりとも勝ち目はないなと思いながら打った私の渾身のアタックは、モナちゃんに比べるとやっぱりへなちょこだった。
次の休憩時間、また三島課長とのことで絡まれるのは面倒だと思った私は、伊藤くんと一緒に2階のギャラリーで見学している葉月の元へ急いだ。
「志織、お疲れさん」
「うん……疲れた……」
葉月はニヤニヤしながら私の肩を叩く。他人事だと思って楽しんでいるんだろう。
だけど私はあんな状態でも、葉月が華麗にアタックを決める伊藤くんをキラキラした目で見つめていたことを、見逃してはいなかった。
「ダーリンの勇姿はどうだった?」
「だから誰がダーリンやねん!」
「伊藤くんしかいないでしょ。カッコ良かったねぇ。伊藤くんを見る葉月の目、キラキラしてハートになってたよ」
「なってへんわ!」
私に冷やかされてよほど恥ずかしかったのか、葉月は思いきり顔をしかめた。伊藤くんは複雑そうな顔をして、笑いながらスポーツドリンクを飲んでいる。
これ以上冷やかすと葉月が怒って帰ってしまいそうなので、私はこれくらいで勘弁してやることにした。
「冗談はさておき……あのモナちゃんって子、かなり手強そう」
「ああ……めちゃめちゃうまいな。あの細い体であんな強烈なアタック打つからビックリしたわ」
「美人は何しても美人なんだってことがわかったよ」
私がそう言ってやけ酒のように勢いよくスポーツドリンクを飲むと、葉月は少し首をかしげた。
「そうか?あの子、そんなに美人ちゃうで」
「それは葉月が美人だから言えるんだよ。私はこんなに普通なんだよ?若さと顔面の偏差値で勝負したら敵いっこないって」
「いや、ホンマに。女は化粧で化けるしな。あの子、化粧落としたらかなりの地味顔やで」
葉月が私を慰めるためにそう言っているのかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。
葉月はかなり真剣な顔をしている。
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