Sweet Lovers(偽)⑧
「私な、高校生の頃に読モやってたんやけど……周りの読モ仲間の子なんかも、家に泊まりに行って夜に化粧落としたら、みんなたいして美人やなかった。黒目を大きくするコンタクト入れて、アイラインとかつけまとか、ガッツリアイメイクしたら、みんなあんな顔になるねん。あれはもうイリュージョンの領域やで」
「ほう……」
葉月がモデル張りの美人だとは初対面のときから思っていたけれど、若かりし頃に読者モデルをしていたということは初耳だった。
「だけど葉月は、ガッツリアイメイクしてないよね?」
「やろうと思えばできるけど……そういうの、私は似合わんねん。やり過ぎるとニューハーフかヤマンバみたいになるから、ガッツリ系のアイメイクはせえへん」
ということは、葉月の美しさは天然モノということか。
「そういえば……モナちゃんがコンタクト落として探してたら遅くなったって言ってた」
「ほらな、地味顔の子ほど化粧映えして変身するんよ。だいたいバレーやるのにあんなメイクいらんやろ?汗かくし、普通のメイクやったら思いきり崩れるから、ごっついウォータープルーフのやつ
それは好きな人に少しでもきれいに見られたいという乙女心というやつでは……?
だとしたら、そんな健気な努力をしているモナちゃんを騙すのが余計につらくなってきた。
「志織はいっつもナチュラルメイクやし、そんなガッツリ化粧してへんやん」
「してへんっていうか……やり方を知らないからできないだけだよ。知ってたらするだろうけど」
周りの女の子達が化粧をし始めても、私は両親が厳しかったせいで、高校時代の3年間はノーメイクで通した。
やっと化粧をすることが許されたのは大学時代に就職活動が始まる頃で、就職活動に見合う身だしなみ程度の化粧しか覚えなかったので、この歳になってもメイクの技術は上がらず、ずっと横這い状態だ。
「ハタチとアラサーじゃ若さだけは敵わんけど、素顔やったら志織にも勝ち目はあるから、もっと自信持ってええよ」
「そうかなぁ……」
私達がそんな会話をしていると、葉月の横に立っていた伊藤くんが何かを思い出したらしく、「そういえば……」と言って語り始めた。
「モナちゃんはうちのサークルが体育館借りてる中学校のバレー部のOGなんだけど……大学に入学する前の春休みに、たまたま後輩の練習を見に行ったら俺らが練習してて、そこで潤くんに一目惚れしたらしい」
「そうなんだね」
高校を卒業したばかりのまだあどけない女の子が、大人の男性に近付きたい一心で一生懸命メイクを練習している姿が目に浮かぶ。
それに引き換え、私は三島課長とのデートにもろくにオシャレもせずに出掛けてしまった。なんだか三島課長にもモナちゃんにも申し訳ない気分だ。
私はその場しのぎの偽婚約者なのに、これでもし昨日あのまま雰囲気に流されてキスなんかしていたらと思うと、余計に自分が許せない。
『やるなら徹底的に』という三島課長の言葉を不意に思い出した。本気で三島課長を好きなモナちゃんを騙すなら、私もそれなりの覚悟を決めきゃいけない。
「葉月……今度ちゃんとしたメイクの仕方教えて」
「それはええけど……そんなん志織には必要ないと私は思うで?」
「いや、大事なのはメイクそのものじゃなくて、心意気だから」
「ふーん……」
せめてモナちゃんが納得して三島課長をあきらめられるように、私もモナちゃんに『どんなに頑張っても勝てない』と思わせるくらいのいい女になるための努力をしなくてはと思った。
休憩のあとはサーブの練習をした。昔と同じように打ってみたつもりだけど、久しぶりなのでまだ感覚がつかめず、トスを上げるタイミングと腕を振りきるタイミングが微妙にずれて、うまく決まらない。
そんな私のすぐそばでは、三島課長と瀧内くんが見事なジャンピングサーブを次々と決めている。反対側のコートからサーブを打ち込む伊藤くんも負けてはいなかった。
そして女子メンバーの中で唯一ジャンピングサーブを打っていたのがモナちゃんだった。何度打ってもサイドラインギリギリの難しいコースに正確にサーブを叩き込んでいる。
しかしさっきから、床にバウンドしたボールがことごとく私の方に飛んできているような気がする。
もしかして……私、狙われてる?いや、まさかいくらなんでもそんなはずは……。
モナちゃんが私の真正面からすごいペースでサーブを打ち込んで来るので、私は飛んできたボールをよけたり拾ったりするのに忙しく、なかなか自分のサーブ練習ができない。
「ホントにどうしようもないな、あの小娘は……」
瀧内くんが舌打ちをして、吐き捨てるようにそう言った。
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