Sweet Lovers(偽)⑥

 伊藤くんはいつのまにか、2階のギャラリーで練習を見学していた葉月のそばにいて、二人で楽しそうに会話している。


「見学に来た彼女もすごい美人さんだけど……もしかして伊藤くんの彼女?」


 仲睦まじい二人を見上げる私たちのそばに里美さんがやって来て、こそっと尋ねた。


「そうなんです。彼女も会社の同僚で……」

「お宅の会社は美男美女しかいないの?」

「いえ、そんなことは……」


 モデル張りに美人な葉月はともかく、私は見た目も中身も至って普通なのに、散々美人だとお世辞を言われて恐縮してしまう。


「三島くんとは付き合ってからもう長いの?」

「いえ……前は同じ部署にいたので同僚としては6年以上ですけど、お付き合いを始めてからはまだ3か月ほどで……」


 三島課長と打ち合わせた通りに答えると、里美さんは何やら納得した様子だった。


「あー……だから三島くんは全然眼中になかったのね」


 里美さんはひとりごとのように呟く。

 それはもしかしてモナちゃんのこと?チームのみんなは私には何も言わないけれど、きっと三島課長の婚約者の私が現れたことで、モナちゃんの心配をしているのだろう。

 修羅場になったらどうしようかと不安になっていると、体育館のドアが開き、手足の長いすらりとした若い女の子が入ってきた。今時の女子らしくきれいにメイクをして、つやつやした茶色い髪をポニーテールにしている。弾けそうなほどの若い肌がまぶしい。


「すみません、遅くなりました」

「おはようモナちゃん。遅刻なんて珍しいけど、何かあったの?」

「コンタクト落としちゃって、なかなか見つからなくて……」


 これが噂に聞くモナちゃんか……!

 たしかにビックリするほど可愛い。頻繁にスカウトされるのも納得のかわいさに、同性の私でも見とれてしまう。

 それと同時に、ライバル役になるのがホントに私なんかで良かったのかとまた不安になる。

 モナちゃんはみんなに挨拶をして荷物を置くと、里美さんのそばに来て座り、シューズを履きながらチラッと私の方を見た。


「新しい方ですか?」

「そう、今日から加入した志織ちゃん」


 里美さんはあえて私のことを、三島課長の婚約者だとは言わなかった。

 モナちゃんが三島課長のことを好きだと知っているんだから、そりゃ言いづらいよね。


美作ミマサカモナです。よろしくお願いします」

「よろしく……佐野志織です……」


 外見だけじゃなく名字まで美しいのか!

 そんなことを考えながら挨拶をすると、モナちゃんは私の隣に座っている三島課長を見て怪訝な顔をした。


「もしかして志織さんって、潤さんのお知り合いの方ですか?」

「ああ、うん。会社の同僚で……」


 三島課長は自分の婚約者だと言おうとしたのだろうけれど、そのタイミングで渡辺さんから練習再開の号令がかかった。

 みんなは立ち上がって飲み物をバッグにしまい、次の練習の準備をし始めた。里美さんはどことなくホッとした様子だ。

 いつかは言わなきゃいけないのだろうけど、婚約者としてモナちゃんと対峙するまで少しの猶予ができたことに、私自身も安堵した。

 とりあえず今は練習中だし、余所事よそごとを考えていたせいで注意力が散漫になって怪我をするわけにはいかないから、ちゃんと練習に集中しようと思う。


 その後、アタックの練習をすることになった。まずはレフトオープンからのアタックのようだ。

 どうやら里美さんはセッターらしく、ネット際でスタンバイしている。


「志織ちゃんのポジションはどこかな?アタック打てる?」

「はい、アタッカーをやってましたので」

「じゃあやってみようか。まだ初日だし軽くでいいよ。しんどかったら遠慮なく休んでね」

「はい」


 ボールかごからボールをひとつ取り出し、アタッカーの列の最後尾に並ぶ。

 モナちゃんは壁を相手にボールを打ち付け、ひとりで肩慣らしをしていた。

 アタッカーの列の一番先頭にいたのは三島課長だった。


「それじゃあ始めようか。お願いします」

「はーい、お願いしまーす」


 三島課長がゆるやかにボールを投げると、里美さんがオーバーパスでトスを上げ、助走をつけてジャンプした三島課長がスナップを効かせてボールを打ち付ける。

 三島課長の予想以上のジャンプ力と、打ち付けたボールの鋭い角度に、思わず感嘆の声がもれた。


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