Sweet Lovers(偽)⑤
荷物を置いて準備を手伝った後、練習の開始時間になりだいたいのメンバーがそろうと、里美さんが私のことをみんなに紹介してくれた。もちろん『三島くんの婚約者です』というおまけ付きだった。
メンバーは皆、例外なくどよめき、物珍しそうに私を見る。
「潤くんの婚約者……!」
「ホントに?!」
「そうかー……。良かったな、潤!片想いが実って!」
……ん?片想いが実って?一体どういう設定なんだ?
チラッと三島課長の方を見ると、三島課長は赤い顔をして下を向いている。
「ずっと片想いしてる相手がいるって言ってたもんな!」
……何か勘違いされているらしい。それは私のことじゃなく、昨日三島課長から聞いた話に出てきた人だと思われる。
だけど私の口から下手なことは言えないから、私はただ黙ってニコニコ笑ってやり過ごすことにした。
「確かに俺の婚約者だけど、その話はもうその辺で……。とにかく今日からチームに加入することになったので、仲良くしてやってください」
三島課長は無理やり話を切り上げようとしたけれど、みんなは三島課長と私のなれそめに興味津々なようだ。
「そういう話はまた歓迎会でも開いて詳しく聞くとして、そろそろ練習始めようか」
小学校の先生をしているというチームリーダーの
三島課長はホッとした様子で私の方を見た。
「……先が思いやられるな」
「頼りにしてますからね、お願いしますよ」
「わかった、頑張るよ」
ホントに大丈夫だろうかと少々先行きが不安になりつつ、私も女子チームのメンバーの中に入った。
私は里美さんとペアを組んで、キャッチボールなどの肩慣らしをした。久しぶりのボールの感触にワクワクする。キャッチボールのあとは軽くパスの練習をした。
私がバレーをしていたのは小学校の卒業前までで、ずいぶんブランクがあるからもう忘れてしまっているのではないかと思っていたけれど、子どもの頃に叩き込まれた基礎は体が覚えているようで、ボールに触れると勝手に体が動いた。
最初こそ何もかもがぎこちなかったけれど、パスの回数を重ねるうちに、ボールがだんだん自然な放物線を描くようになってくるのがわかった。
「そういえばモナちゃんは?」
ウォーミングアップを終えて次の練習に移る準備をしながら、里美さんが他のメンバーに尋ねた。
「少し遅れるって連絡があったから、もうすぐ来ると思います」
練習前に自己紹介をしていたときになんとなくわかっていたけど、やっぱり例の婚約者候補のモナちゃんはまだ来ていなかったようだ。あのやり取りを本人の前でもう一度くり返すのかと思うと気が重い。
もし目の前で泣かれたら、良心が痛んでも嘘をつき通せるだろうかと思ったり、逆に絶対に負けないと噛みつかれたらどうしようと思ったりする。
なんにせよ、私は三島課長のためという名目で、まだ見ぬモナちゃんに婚約者だと言い張るしかないのだけど。
その後、男女混合で円陣を組んでのパス練習とレシーブの練習を終えて休憩に入ると、三島課長はスポーツドリンクを手に私のそばにやって来た。
「志織、大丈夫?無理してない?」
「大丈夫です。思ったより体が動いて、楽しいです」
「それならいいけど……つらくなったら無理せずに休憩していいからな」
「わかりました」
今日の三島課長からは、仕事中とはまた違った気使いとか頼もしさが見られた。
どこにいてもこの人は、周りのみんなへの気配りを忘れない。チームのみんなからもとても慕われ、信頼されているようだ。
私と三島課長が並んで床に座って水分補給をしていると、瀧内くんもやって来た。
「志織さん、バレーやるのは久しぶりって言ってたけど、全然ブランクを感じさせませんね」
「そうかな?でも明日は筋肉痛でつらいかもね。そういえば、今日は眼鏡してないね。コンタクト?」
「前にボールが当たって眼鏡壊しちゃったことがあるので、それからはバレーのときは使い捨てのコンタクトにしてます」
瀧内くんはいつもの眼鏡をかけていないせいか、普段より少し幼く見える。
普段の無表情で眼鏡をかけている瀧内くんは、クールで知的な印象だと社内の女子から人気だけど、これはこれでキャーキャー言われそうだ。
「ところで伊藤くんは?」
伊藤くんの姿が見えないので尋ねると、瀧内くんは2階のギャラリーを親指でクイッと指さした。
「あそこです」
「あー……なるほどね」
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