Sweet Lovers(偽)④

 翌朝は平日より少し遅い時間に起きて朝食を取り、バレーの練習に行くために昨日買ったばかりのジャージに着替えた。

 ジャージなんて着るのは何年ぶりだろう?少なくとも社会人になってからは初めてだと思う。

 真新しいバレーシューズに靴紐を通していると、葉月からトークのメッセージが届いた。葉月も婚約者候補のモナちゃんを見てみたいらしく、応援がてら練習を見学するそうだ。


【そんなこと言って、本当はダーリンの勇姿を見たいだけじゃないの?】


 そう返信すると、【ちゃうわ!誰がダーリンやねん!】と瞬時に返信が届く。おまけにふてぶてしいブタのキャラクターが「あっかんべー」をしているスタンプ付きだ。

 伊藤くんのことが好きで好きでどうしようもないくせに、葉月はホント、素直じゃないな。

 カッコ良くスパイクを決める伊藤くんの姿を目にしてうっとりする葉月の顔を思い浮かべると、思わず笑いがもれた。


 持ち物をスポーツバッグに詰めて忘れ物がないか確認していると、今度は三島課長からメッセージが届いた。


【おはよう。30分後に迎えに行きます】


 昨日の甘々のデートが嘘みたいに、なんとも事務的なメッセージだ。だけど今後も同じ会社で働く上司と部下であることを考えると、他人が見ていないところではこれくらいの距離感がちょうどいいのだと思う。

 とりあえず今日は、みんなの前で三島課長に婚約者だと紹介されても恥ずかしくないように振る舞おう。



 それから30分後に迎えに来た三島課長は、いつもよりほんの少しソワソワしていた。

 もしかしたら頭の中で、私を婚約者だと紹介するシーンをシミュレーションして緊張しているのかな?それとも昨日のことがまだ気まずいのかも知れないと思ったけれど、私の方からは何も言わなかったし、三島課長もそのことには一切触れなかった。


 瀧内くんと伊藤くん、そして葉月を順番に迎えに行って、向かった先はスポーツセンターの体育館だった。

 三島課長たちのバレーボールサークルは地域のスポーツ振興事業に参加していて、地域の祭りの出店やイベントなどの手伝いもする代わりに、平日の夜や休日に地域の学校や自治体の運営する体育館を無償で借りて練習しているそうだ。

 今日はスポーツセンターの体育館を朝の10時から昼の1時まで借りられるということだった。メンバーの中には公立の小学校の先生がいて、その人が代表となって、練習場所の確保や保険などの事務的な手続きをしているらしい。

 サークルのメンバーは会社員がほとんどで、他にも大学生や幼稚園の先生、専業主婦、中村さんのような自営業の人も何人かいるそうだ。


 昨日シーサイドガーデンで散歩をしているときに三島課長から聞いた話によると、例のモナちゃんは20歳の大学生で、街を歩けば芸能事務所のスカウトマンから頻繁に声をかけられるほどの、かなりの美人だという。

 三島課長はそんなひとまわりも若くて可愛いモナちゃんを恋愛の対象にはならないと言うけれど、話を聞けば聞くほど、ごく普通のアラサーOLの私なんかが婚約者の役でいいのかと自信がなくなってきた。

 もし宣戦布告されたら勝てる気がしないと、私がまだ本人に会ってもいないうちから弱音を吐くと、三島課長は『心配しなくても志織はそのままで大丈夫だよ』と言ってくれた。

 あれは慰めだったのか励ましだったのかわからないけれど、三島課長がそう言ってくれたのだから、せめて婚約者として堂々としていようと思う。



 体育館に入ると、何人かのメンバーがネットを張ったり床のモップ掛けをしたりして、練習の準備をしていた。なんとなく懐かしい練習前の雰囲気に少しホッとする。


「おはようございまーす!新メンバー連れて来たよー!」


 伊藤くんが大きな声でそう言うと、体育館にいたみんなが一斉に振り返る。みんなの視線にまた緊張して、私の心臓がバクバクと大きな音をたてた。

 モップ掛けをしていた私より少し歳上と思われる女性が駆け寄ってきて、満面の笑みで私の手を握った。


「わぁ、ホントに来てくれたんだ!私、女子チームのリーダーの小野 里美オノ サトミです。よろしくね!」


 予想を遥かに上回る歓迎ぶりに驚きつつ、失礼のないように頭を下げる。


「佐野志織です。よろしくお願いします」

「志織ちゃんね!さっき太一くんからチラッと聞いてたけど、ホントに美人さんなのねぇ。三島くんの婚約者なんだって?」


 どう返事していいのかわからず、アイコンタクトで三島課長に助けを求めた。


「あいつはホントにおしゃべりだな……」


 三島課長は呆れた様子で照れくさそうに頭をかいている。


「里美さん、志織さんは潤さんのお嫁さんになる大事な人だから、あんまりいじめないでね」


 瀧内くんが淡々とした口調でそう言うと、里美さんはおかしそうに声をあげて笑った。


「玲司くん!そんなこと言ったら私がものすごく怖いオバサンみたいじゃない!」

「そんなこと言ってないし、里美さんはオバサンじゃないよ。元気で可愛いお姉さん」

「またまた……調子がいいんだから」


 そう言いつつも、里美さんは歳下の可愛い瀧内くんに可愛いと言われて、まんざらでもなさそうだ。

 もしかして瀧内くんって、歳上キラーなのか?

 無自覚なのか計算なのかわからないけど、瀧内くんは歳上の女性を喜ばせるプロなのかも知れない。


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