Sweet Lovers(偽)③

 普段は夜の公園なんて暗くて怖いから立ち寄らないけど、自販機で飲み物を買って三島課長と一緒に公園の中ほどにあるベンチに腰掛けた。

 冷たいお茶を喉に流し込むと、なんだかちょっと生き返ったような気分だ。


「今日はよく歩いたな。疲れただろ?」

「普段はこんなに歩くことがないですもんね。でもすごく楽しかったです」

「そうか?それなら良かった」


 三島課長は楽しそうに笑いながら缶コーヒーを飲む。


「でも帰りの電車はすごかったですね。私に体重かけられて、潤さんは大変だったでしょう?」

「いや?あれくらいはなんともない。さっきも言ったけど、俺はバレーやったりジムなんかにも行ってそれなりに鍛えてるから、体力には結構自信あるよ」


 電車の中ではあまりの息苦しさに朦朧としていたけれど、潤さんが鍛えられて引き締まった体をしているのは服の上からでもわかった。

 それと同時に、ずっと抱きしめられたような状態だったことまで思い出し、思わず赤面してしまう。

 そういえば私が営業部にいたときには、よくふざけてヘッドロックなんかされて、じゃれていたこともあったっけ。

 あのときは三島課長とどれだけ密着してもなんとも思っていなかったのに、どうして今になって急に恥ずかしくなるなんだろう?これは今まで知らなかった三島課長に垣間見たイケメンフィルターのせいなのか……?


「……私の重みで押し倒してしまわなくて良かったです……」

「押し倒すって……俺はあれくらいで倒れるほど弱くない。なんなら志織をお姫様だっこしてスクワットくらいはできる」


 お姫様だっこ……!それは全女子が感激して号泣する夢のようなシチュエーション……!

 しかし姫をだっこしてスクワットをするなんて、ずいぶんたくましい筋肉質の王子様だ。

 三島課長もたまにはそんな冗談を言うんだなと思って笑うと、三島課長は缶コーヒーをベンチの上に置いた。


「嘘だと思うならやってみようか?」

「えっ?!」


 私の手からペットボトルのお茶を取り上げてベンチに置くと、三島課長は私の背中と膝の裏に手を添えて、軽々と私を抱えあげた。

 体が宙に浮いて驚いた私は防衛本能が働いて、落とされないようとっさに両腕を三島課長の首の後ろに回す。


「なんだ、軽いじゃん」

「嘘じゃないってわかりましたから!下ろしてくださいよ!」

「こんなこともできるけど?」


 そう言って三島課長は私を抱えてその場でグルングルン回る。私はその勢いにまたさらに驚き、三島課長の首の後ろに回した手にギュッと力を込めて、見た目より筋肉質なその体にしがみついた。


「やだっ、ちょっと待って潤さん……!」


 三島課長の胸に顔を埋めて小さくそう叫ぶと、三島課長はゆっくりと動きを止めた。

 ホッとしてきつく閉じていた目を開くと、思っていたよりすぐそばに三島課長の顔があって、私をじっと見つめる三島課長と目が合った。私はなぜか目がそらせず、無言で三島課長の目をじっと見つめ返してしまう。


「志織……」


 三島課長は真剣な顔で私の名前を呟くと、ゆっくり顔を近づけた。

 えっ?!何これ?!婚約者のふりをするのにここまで必要?!これ完全にアウトだよね?!

 そう思っているのに、この流れと心の甘い疼きには逆らえなくて思わず目を閉じそうになった瞬間、三島課長のジャケットのポケットの中でスマホが鳴った。

 瞬時に我に返った三島課長は、慌てて私をベンチに下ろし、私に背を向けてポケットの中から取り出したスマホを耳に当てる。


「はい、三島です。どうも、お世話になっております。はい、はい、その件でしたら来週に……」


 どうやら仕事の電話のようだ。

 仕事の電話に対応している三島課長の声を聞いていると、頭の中が冷静さを取り戻した。

 ……あぶないあぶない。いくら気分が盛り上がっちゃったとはいえ、婚約者のふりをするだけなのに、それはイカンだろう。だって三島課長には好きな人がいるんだよ?

 私のことなんか好きでもないのにそんなことされたら、三島課長もやっぱりただの男なんだなと幻滅してしまいそうだから、手を繋ぐくらいはともかく、その一線は超えない方がいい。

 電話を終えた三島課長はスマホをポケットにしまい、ばつの悪そうな顔をして振り返った。


「……ごめん、調子に乗りすぎた。そろそろ帰ろうか」

「はい」


 それから私たちは、ぎこちなく手を繋ぎながら、さっきより口数も少なく私のマンションまでの道のりを歩いた。

 マンションの前に着くと、三島課長は私と荷物を交換し、「さっきはごめんな。明日のことはあとでトークにメッセージ送るから」と言い残して帰って行った。私はその後ろ姿をぼんやりと眺めながら小さくため息をついた。

 きっと三島課長は、今日一日私と恋人らしく振る舞わなければと気負いすぎて、うっかりその気になりかけてしまっただけなのだろう。そのことをいつも会社で会うときと同じ顔で謝ったというのが、何よりの証拠だ。それは拒めなかった私も同じだから、一方的に三島課長を責める気はない。

 ただ、今後はこういうことがないように、あまり距離を縮めすぎないようにしようと思った。




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