備えあれば憂いなし?⑪
「俺のことを彼氏だって言っておけば?少なくとも親に急かされてお見合いとか、高いお金払ってまで婚活とかしなくても良くなると思うし、確実に外堀から埋めていく作戦は悪くないよな」
「外堀……?」
それは結婚を考えている相手がいると言って、その場しのぎでも親を安心させるって意味だろうか?
三島課長の『確実に外堀から埋めていく作戦』という言葉の意味はよくわからなかったけれど、とりあえず三島課長は私の彼氏で、嘘の婚約は継続されるらしい。
「どうせやるなら徹底的にやらなきゃな。じゃあ……さっき言ってた、細かい設定というのを決めておこうか」
それから私たちは、誰に何を聞かれても話が食い違わないように入念な打ち合わせをした。
できるだけ嘘がない方がリアリティーもあるし、後ろめたさがないだろうと三島課長が言うので、瀧内くんが三島課長のご両親に言っていた言葉も踏まえ、付き合い始めてからはまだ日が浅いということにする。
「具体的にはどれくらいにしましょう?」
「そうだな……。志織が入社したときから同僚としては仲良くしてたけど、結婚を前提に付き合うようになってからは3か月くらいということにしておこうか。それ以外にどんなこと尋ねられると思う?」
私が友人に婚約者を紹介されたときには、どんなことを尋ねていただろうかと考える。
「式はいつどこで挙げるのとか、女性だったら結婚後も仕事は続けるのとか……。あとは……どっちから付き合おうって言ったのとか、相手はどんな人で、どんなところが好きなのとか……」
冷静に考えると、私は自分が聞かれたらかなり照れくさいことを人に聞いていたようだ。
「うーん……式に関しては未定でいいかな。お互いの仕事とか家同士の都合がついたら追い追い考えるってことで」
「そうですね」
「あ、でも志織には和装が似合いそうだから、挙式は神前式がいいかな」
「神前式……」
これはかなり具体的な設定だ。それくらい具体的に考えておくべきなのかな?
「じゃあ……新居は潤さんのおうちということで」
「それがいいな。あと……志織の得意料理は何?」
得意料理なんてあったかな?
今までは作れと言われたら作り方を知らない料理でも調べて作ったりしていたけれど、どれも特別得意だと思ったことがない。
「あまり考えたことがないですね。強いて言えば、見た目重視のおしゃれな料理は得意じゃないので、普通の家庭料理の方が好きだし得意だと思います」
作ったこともないような横文字の料理が得意だと見栄を張っても仕方がないので、ここは正直に自己申告しておく。
いきなり女子力の低さが露呈してがっかりされるかと思ったけれど、予想に反して三島課長は嬉しそうだ。
「気が合うな。俺も気取った料理よりも、普通の家庭料理の方が好きなんだ」
「ちなみに潤さんの得意料理は何ですか?」
私が尋ねると、三島課長は少し首をかしげて考える。
「俺はいつも名前もないような炒め物とか、あるもので適当に作るから、何が得意とかはない」
「私と同じですね」
きっと世の既婚女性たちの大半は、食べるだけじゃなく自分で料理を作れる三島課長みたいな男性が、夫として理想的だと言うだろう。それもここぞと言うときだけ張り切って豪勢な料理を作るのではなく、普段から生活の一部として当たり前に作る人がいいと言うに違いない。
それを考えたら、三島課長はまさしく理想の夫像みたいな人なんじゃないか?
普段から食いしん坊のあの二人を満足させている三島課長なら、きっと在り合わせでも美味しいものを作るのだろう。
「お互いのことを何も知らないのも不自然だから、好きな食べ物とか趣味なんかも聞いておこうか」
たしかに私は、職場とか仕事のあとに飲みに行ったりしたときの三島課長しか知らない。それ以外で知っていることといえば、料理ができることくらいだ。
「じゃあ、お互いに自分のことを話しましょう」
それから私たちは、ガーデンエリアを歩いたり、ときどきベンチで休んだりしながら、お互いのことを話した。
犬と猫なら犬が好きだとか、バレーのポジションはアタッカーでレフトオープンが得意だとか、満員電車の中の香水や体臭が入り雑じった臭いが苦手だとか、ちょっとした共通点がいくつもあった。
「ちなみに潤さんは、レバニラ炒めとピーマンの肉詰めは好きですか?」
「ああ、両方好きだよ。なんで?」
「いえ、私も好きなので。今度作りますから一緒に食べましょう」
「じゃあ、そのときは手伝うよ」
奥田さんに意地悪して教えた『彼の好きな食べ物』は嘘ではなくなった。
いつかそのうち奥田さんにも、護には他にも付き合っている女性がいることを、さりげなく教えてあげようと思う。
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