備えあれば憂いなし?⑩

 私と三島課長は手を繋いで、たくさんのお店が並ぶショッピングエリアを通り抜け、海沿いのガーデンエリアを歩く。

 ガーデンエリアには遊覧船乗り場や大きな花時計のある広場があり、海に面したベンチではカップルたちが幸せそうに寄り添っていた。

 心地よい潮風に吹かれながら、陽射しが波に乱反射してキラキラと輝く水面の眩しさに目を細める。


「やっぱり海はいいですねぇ。なんだか落ち着きます」

「そうだな。いつもここには一人で買い物に来るだけだったから、俺もこっちのエリアに来るのは初めてだ」


 たしかに右を見ても左を見てもカップルだらけのデートコースを一人で歩くのは寂しい気がする。


「じゃあ、一緒に来られて良かったです」

「……ホントは彼氏と一緒の方がもっと良かったとか思ってるだろ?」

「そんなこと思ってませんよ。それに……」


 きっと護はめんどくさがって、こんな風に私と散歩なんかしてくれない。

 私が三島課長と一緒に来られて良かったと言ったのは本心なのだけど、よく考えたら、彼氏がいるのに他の人と手を繋いでデートなんて普通はしないから、三島課長はそれを気にしているんじゃないかと思う。

 彼氏の立場になってみると、彼女が他の男の人と手を繋いで歩いているのを見たら、彼氏は彼女が浮気をしていると思うだろう。

 だったらこれも浮気のうちに入るのかな?


「それに……なんだ?」

「潤さんはどこからが浮気だと思いますか?恋人以外の人と二人だけで会ったら浮気って言う人もいるけど、最後の一線を越えなかったら浮気には入らないって人もいますよね」


 浮気のボーダーラインは男女で違うのかと思い何気なく聞いてみると、三島課長は少し考えるそぶりを見せた後、繋いでいた手を離した。


「……彼氏に悪いからやっぱりやめるってことか?」

「えっ?!やめるなんて言ってませんよ!」

「だけどもし彼氏にこんなところ見られて浮気だって言われたら、言い訳できないだろ?」


 偽婚約者を引き受けようが断ろうが、私が護と別れるつもりでいることとは関係ないのに、これ以上三島課長に気を使わせるのも申し訳ない。

 彼氏の浮気が原因で別れるつもりだということだけは話しておこうか。だけど護は三島課長の部下だから、仕事に支障があるといけないので、とりあえず彼氏が護だということは伏せておこう。


「ちょっと来てください!」


 高校生くらいのカップルが立ち去ってすぐそばにあるベンチが空いたことに気付いた私は、三島課長の手をつかみ、グイグイ引っ張ってベンチを確保した。

 三島課長は驚き呆気にとられている。


「あのー……私事ではございますが、心配していただいて申し訳ないんですけど、彼氏とは近いうちに別れるつもりです」

「……えっ?!別れるって……」

「友達が結婚を考えてる恋人に浮気されて悩んでるって、前に話しましたよね?あれ、本当は友達じゃなくて……私のことなんです」


 突然のカミングアウトに驚き、三島課長は言葉も出ないようだ。ポカンと口を開けて私を指さしている。

 それから私は、彼氏の浮気現場を偶然見てしまったことや、彼氏には私以外にも関係を持っている相手が何人もいること、そして彼氏が私のことは好きでもなんでもないのに資産家の孫娘だと勘違いして付き合っていると知ったことと、仕返しをしてやりたくて、浮気に気付いていることを明かさずに機が熟すのを待っていることを話した。

 三島課長は時おり眉間にシワを寄せながら、黙って話を聞いてくれた。


「そんなわけで……潤さんが原因で彼氏と別れるということはありませんので、ご安心ください」


 妙な言い回しになってしまった気がするけれど、とにかく三島課長が気に病むことはないということを必死で説明した。

 三島課長はそんな私の様子がおかしかったのか、だんだん口元がゆるんで、しまいには笑い出してしまった。


「……まんまと騙されてバカな女だと思って笑ってるんですか?」

「いや、思ってないよ。ただなんとなく腑に落ちたというか」

「腑に落ちた?」

「居酒屋で友達の話だって言ってたときもやけに神妙な顔をしてたし、彼氏がいるのにどうして俺の婚約者になってくれたんだろうって思ってたから。今の話を聞いて納得がいったよ」


 よほど気にしてくれていたのか、三島課長はやけに清々しい顔をして笑っている。

 私もずっと胸につかえていたことを話せたので、気がラクになった。


「俺にしかメリットがないのに申し訳ないなと思ってたんだけど……だったら志織も俺を利用すればいいよ」

「利用すればって……」

「彼氏と結婚すると見せかけて、俺と結婚するって言ってやれば?それに親からも結婚を急かされてるんじゃなかったっけ?」

「そうですけど……」


 相手がいるなら連れて来いと言われてはいるけど、結婚を考えているなんて言って母に紹介しようものなら、すぐにでも結婚しろと追いたてられるような気がする。


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