備えあれば憂いなし?⑧

「どうかしました?」


 私が尋ねると、三島課長はサラダのレタスをフォークでつつきながら首をかしげた。


「いや、さっきの映画だけど……あんな胸くその悪い話がどうして人気なんだろうと思って」

「私もそう思います。あんな話のどこで感動すればいいのか……」

「だよな」


 私と三島課長は、その辺の価値観は似ているらしい。

 作り話だと思うからまだ観ていられたけど、現実にそんなことがあったらと思うと身震いがする。いや、似たようなことはあるのかも知れないけれど。


「そういえば……なりゆきでこんなことになってるけど、本当に良かったのか?さすがに彼氏には言えないよな」


 どうやら三島課長はそのことが気になっていたようだ。


「そうですけど……潤さんも好きな人がいるんですよね?」


 三島課長は小さく「そうだな」と呟いて、パスタをフォークに巻き付ける手を止めた。


「……相手は俺のことなんか眼中にないみたいだし、見込みはあまりなさそうだけどな。それでもあきらめきれないから、俺の方を見てくれるのを何年も黙って待ち続けてる状態だ」

「何年もですか?」

「往生際が悪いんだよ、俺は。そういうところは、さっきの映画のあいつと一緒か。もちろん壊して奪うとか、そんな手荒なことはしないけどな」


 三島課長の話を聞いて、三大武将の『ホトトギス』を思い出した。

 見込みがない恋なんかさっさとあきらめて次の恋に進めるのは『鳴かぬなら殺してしまえ』と言う信長タイプで、どんな手を使ってでも自分のものにするのが『鳴かせてみせよう』と言う秀吉タイプ、三島課長みたいにただひたすら待ち続けるのが、『鳴くまで待とう』と言う家康タイプなんだと思う。

 それを話すと、三島課長はおかしそうに笑いだした。


「家康か……。だけど俺はもう悠長に待っていられない状態だから、家康の皮を被った秀吉になろうかな」

「家康の皮を被った秀吉って……それ、どういう意味ですか?」

「もっと鳴かせる努力をした上で、ホトトギスが自ら鳴くのを待つことにするよ」


 その言葉の意味は、わかるようなわからないような感じだったけど、それでも三島課長は好きな人をあきらめたりはしないということだけはわかった。

 だったら私は……信長?

 護とは早急にけじめをつけて、今度こそ将来のことを一緒に考えられる誠実な人を見つけよう。



 食事が済んでカフェを出た後、三島課長の友人が経営しているというスポーツ用品店に足を運んだ。

 いろいろなスポーツに使う道具や、シューズやユニフォームがきれいにディスプレイされた店内は、たくさんの若者で賑わっている。

 三島課長は店内を見渡し、近くにいた店員を呼び止めて、オーナーはいますかと尋ねる。

 店員がオーナーを呼びに行ってくれている間に、三島課長は繋いでいた私の手をそっと離した。


「昔からあいつは、俺がただの女友達と歩いてるだけでも無駄に冷やかすんだよ。変に絡まれていろいろ問い詰められるとめんどくさいだろ?」


 婚約者という設定を守るならそのままでも良かったのではと思ったけれど、やっぱり手を繋いでいるところを友人に見られたり、冷やかされたりするのは恥ずかしいらしい。

 それにまだ細かい設定を考えていないから、この状態で根掘り葉掘り聞かれるとボロが出て、練習に参加する前に偽物だと気付かれそうだ。


「じゃあ、誰に何を聞かれてもいいように、後で細かい設定を考えましょう」

「そうだな」


 バレーシューズを見ながら小声で話していると、やけに背の高い男の人が背後に立ち、三島課長の両肩をグッとつかんだ。


「いらっしゃい。今日は一人じゃないんだな。きれいな人連れて……潤にも彼女ができたのか?」

「ほらな……こういうやつなんだよ」


 三島課長は出会い頭にいきなりジャブを食らわされたような顔をして、ため息交じりに呟く。


「なるほど……」


 私は初対面の人にきれいだとお世辞を言われたことより、『潤にも彼女ができた』という言葉の方が気になる。

 昔からよく知っている友人がというくらい、三島課長には長らく彼女がいないということか。


「おまえはいつも、一言も二言も多すぎるんだよ。彼女は会社の同僚で、明日から練習に参加してくれることになった佐野志織さん。バレーやるのは久しぶりだから、いろいろ必要なもの買いに来た」


 そこは同僚で通すんだなと思いながら軽く頭を下げて「よろしくお願いします」と挨拶すると、オーナーは「中村 太一ナカムラ タイチです、よろしく」と言ってネームプレートを見せる。

 そして軽く首をかしげながら、三島課長と私を交互に見た。


「ホントにただの同僚?彼女じゃないのか?」

「うるさいな……。同僚で……婚約者だ」


 三島課長が中村さんから目をそらしながら、歯切れの悪い口調でボソボソと呟くと、中村さんは声をあげて大げさに驚き、大きな手で慌てて口元を覆った。


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