備えあれば憂いなし?⑦
電車に乗って向かった先は、港に隣接された『シーサイドガーデン』という、オープンしてまだ3年足らずのショッピングモールだった。
今日がよく晴れた土曜日ということもあり、シーサイドガーデンは若いグループやカップルで溢れている。
前から来てみたいと思いながらもその機会がなかったけれど、若いカップルが多いとか、おしゃれな店が多いという噂だけはよく耳にしていた場所だ。私はここに来たのは初めてだから、見るものすべてが珍しく、楽しくてついキョロキョロしてしまう。
「私、ここに来たの初めてです!いろんなお店があるんですね」
私が人混みの中でキョロキョロしながら興奮気味にそう言うと、三島課長は私の手をギュッと握って引き寄せた。そのしぐさがやけに男らしいというか、雑誌の特集なんかでよくある『こんな風にされたら女子がキュンとくるシチュエーション』に載っていそうで、私が知っているいつもの三島課長とのギャップに驚く。
「今日はやけに混んでるから、はぐれないように気を付けないとな」
「……気を付けます」
アラサーのいい大人が、周りの様子に気を取られて子どもみたいだったかなと反省しつつ、大人しく三島課長に手を引かれて歩く。
「潤さんはよくここに来るんですか?」
「玲司も言ってたけど、友達の店があるからたまに来るよ。そのついでに服とか靴を買ったりもするかな。とりあえず今日は先に映画を観に行って、それからその友達の店に行こうか」
「そうですね」
映画館に着くと、三島課長はジャケットの内ポケットから瀧内くんにもらった映画のチケットを取り出した。
「ところで……なんの映画のチケットをもらったんですか?」
私が手元を覗き込むと、三島課長はそのチケットを黙って私の方に差し出した。そこには最近若い世代に人気のラブストーリーのタイトルが記されていた。
映画館の入り口に貼り出されているポスターには、【たとえ許されなくても、惹かれ合う気持ちは誰にも止められない】と大きな文字が踊っていた。
「……恋愛もの?」
「そうらしい」
ラブストーリーなんて観るのはいつ以来だろう?
ここ数年は仕事に追われ、休日は仕事から解放されて生活という現実と向き合っていた。恋人がいるにもかかわらず、恋のときめきを忘れ渇ききっていた私にとって、ラブストーリーなんてものは、いわばサプリメントのようなものだ。
三島課長と恋人らしく振る舞えと言われても、どんな風にすればいいのやらと思っていたから、足りないものを補うにはちょうどいい。これを観れば私もセロトニンが放出して、恋する乙女のような可愛げが取り戻せるだろうか。
そんな風に久しぶりの恋愛映画に期待して館内に入ったものの、予想外のカップルシートに度肝を抜かれ、二人してしばらく固まってしまった。
しかし上映時間が迫り、そこに突っ立っているわけにはいかないので、二人とも遠慮がちに微妙な間隔をあけて席に着いた。
この映画館が全席カップルシートだなんて、一言も聞いていなかった。どうりでカップルが多いわけだと合点がいく。瀧内くんはおそらくそれを知っていて何も言わなかったのだろう。
私と三島課長に、二人がけのシートでイチャイチャしながら映画を観ろとでも?いや、イチャイチャしろとは言わなかったけど、二人で楽しんで来いって言ったのはそういう意味?!
できるだけ端の方に座ったつもりだけど、視線をスクリーンに向けたまま体勢を変えたりすると、肩とか膝が当たってしまう。
このシート、やけに狭くないか?カップルが密着できるようにわざと狭くしてるんじゃないでしょうね?
心の中でそんなことを疑いつつ、三島課長と文字通り肩を並べて映画を観た。
だけどよく考えたら、カップルシートなんていかにもな名前がついていたって、ただ二人がけのシートに二人で並んで映画を観るだけなんだから、あまり深く考える必要はないのかも知れない。
ただそこに座っているのが、本物のカップルではないというだけの話だ。
肝心の映画の内容はと言うと、ここ数年流行りの不倫とかネトラレ系のわりとドロドロした話で、正直言って共感も感動もできなかった。
夫の不倫を知って憔悴しきったヒロインが、相談に乗って優しくしてくれた夫の親友に惹かれて不倫の泥沼にハマるという、彼氏に浮気されたばかりの私にとってはかなり痛々しい話だった。
じつはずっと前からヒロインのことが好きだった夫の親友が、ヒロインの略奪を目論んで、ヒロインの夫を狙っていた不倫相手をヒロインの夫に紹介したというくだりは、なんとも後味が悪かった。
映画を観た後、三島課長と私は海の見えるカフェで休憩がてら軽い昼食を取ることにした。
三島課長はさっきから何か考えているようだ。
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