使えるものは親でも使え⑬

「佐野には言わない方がいいかと思ったけど……あいつはそういうやつなんだ。だから思い切り痛めつけて、後はとっとと切り捨てちまえ」

「うん……そうする……」


 私の中では、護はもう恋人でもなんでもない。ただの欲にまみれたゲスな俗物のために流す涙なんか、ほんの1滴ですら惜しいくらいだ。

 あちらが私を利用するつもりだったのなら、私も素知らぬ顔をしてそれに乗っかってみよう。



 三島課長の家に着くと、葉月と瀧内くんがタコ焼きの準備を始めていた。

 そういえば昨日は葉月の家に寄らなかったけど、タコ焼き器は葉月が家から持ってきたんだろうか。しかもタコ焼き器はテーブルの上に2台ある。


「葉月、タコ焼き器は家から持ってきたの?」

「昨日の晩に三島課長が取りに来てくれてん。こっちは瀧内くんが持ってきた」

「1台じゃ足りないと思ってネット注文してたんですよ。急ぎの便で昨日届いたんです」


 なるほど、ゆうべ急いで帰って受け取った荷物はこれだったんだ。それほど今日のタコ焼きパーティーを楽しみにしていたのがわかる。

 瀧内くんって、クールに見えてじつはかなり子どもっぽい。


「それじゃあ私は別の料理を作るね」


 今日ここに着いたらすぐに作れるように、昨日三島課長を待っている間に、材料を切ったり調味料に漬け込んだりして、下ごしらえを済ませておいたのだ。

 キッチンに立って手を洗い、冷蔵庫から材料を出して、鶏の唐揚げやエビフライを油で揚げ、野菜を洗ったり切ったりしてサラダを作る。


「志織はホンマに手際がええなぁ」

「葉月のタコ焼きにはかなわんわぁ」


 葉月の関西弁を真似てそう言うと、「アクセントがなっとらん!」と葉月からダメ出しが飛んでくる。

 瀧内くんは目を輝かせて、無言でタコ焼きをひっくり返している。相当楽しいらしい。

 伊藤くんは通知音の鳴るスマホをポケットから取り出して画面を見た。


「三島課長、これから会社出るって」


 三島課長が帰宅する頃には料理も完成して、パーティーが始められそうだ。


 それから1時間後、私たちがビールを飲みながらタコ焼きパーティーを楽しんでいると、この家に予期せぬ客人がやって来た。

 チャイムが鳴って玄関モニターを見た三島課長は、かなりうろたえた様子で意味もなく右往左往している。


「お客様ですか?」


 なんだか様子がおかしいので何気なく尋ねると、三島課長は立ち止まり、右手で額を押さえた。


「お客様というか……両親……」

「えっ?」


 突然のご両親の来訪に、三島課長はあたふたしている。その様子を見た私たちも、ここにいて良かったのかと少し不安になる。


「とりあえず上がってもらったらどうです?せっかくだから一緒にタコ焼きでも」


 瀧内くんはまったく動じず、楽しそうにタコ焼きを焼いている。


「潤、帰ってるなら出迎えくらいしろ」


 三島課長が玄関で出迎える前に、勝手知ったるご両親は当然の如くリビングへとやって来た。

 お父上はリビングを見渡して少し驚いた顔をした。


「おや?ずいぶんにぎやかだな」

「こんばんは……おじゃましてます……」


 とりあえず挨拶は基本中の基本だから、失礼のないように立ち上がってお辞儀をした。


「こんばんは。お楽しみのところ突然すまんね」


 ご両親がソファーに座ったので一応食事を勧めるべきかと思い、キッチンでお皿やお箸、グラスを用意していると、三島課長がかなり弱った様子でお父上のそばに座った。


「親父……ゆうこさんも、なんでまた急に……。今日は見ての通りみんないるから、用件は手短に頼むよ」

「ああ、この間の返事を聞こうと思ってな。おまえ、こうでもしないといつも逃げるだろう」


 この間の返事ってなんだろう?

 親子の会話を盗み聞きしてはいけないと思いながらも、気になって耳をそばだててしまう。


「あの話なら何度も断っただろう?もう勘弁してくれよ」

「断るならそれなりの理由ってもんがいるだろう?先方からはぜひともおまえをって、矢のような催促がきてるんだ。そろそろ観念して身を固めろ」


 なるほど、これは結婚話に間違いない。三島課長は再三断っているようだけど、お相手からずいぶん気に入られているらしい。

 昨日三島課長からあんな話を聞いた後だから、この場をどうやって切り抜けるのかと気が気でない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る