使えるものは親でも使え②

 瀧内くんに振り回されているときの三島課長は、気位の高い猫のわがままに翻弄されながらも幸せそうな優しい飼い主を連想させる。


「ところで佐野主任、早く帰りたいのでいい加減本題に入っていいですか?」

「あっ、そうだった!ごめんね」


 さっきも三島課長の話をするために来たんだと瀧内くんに言われたのに、私の話に時間を費やしてしまった。今度こそはちゃんと話を聞かないと。


「なぁ、さっきから思ってたんやけど、三島課長の話って何?三島課長、なんかやらかしたん?」


 葉月が尋ねると、瀧内くんは軽く首を横に振った。


「あの人はそんな人じゃありませんよ。じゃあ木村先輩にもわかるように説明しますね」


 瀧内くんは何も知らない葉月のために、バレーボールサークルの話から始め、三島課長が親から結婚を急かされていることや、花嫁候補に名乗りを上げた二十歳はたちの女の子に、何度断っても迫られ続けていることを話した。


「お見合いしろとか付き合ってくれと言われても三島課長にはその気はないので、手っ取り早くあきらめてもらうために婚約者がいることにすればどうかという話になって、だったら作り話だけじゃなく誰かを婚約者に仕立て上げて紹介したらいいんじゃないかという結論に至ったんです」


 瀧内くんの話は昨日三島課長から直接聞いた話とほぼ同じだった。新しい情報と言えば、自称花嫁候補の女の子の名前は『モナちゃん』ということくらいだ。

 もう一度改めて聞いてみると、三島課長がなぜそんなにかたくなに交際の申し込みやお見合いを断るのか、そして瀧内くんがなぜ三島課長に荷担するのかが気になった。


「昨日瀧内くんが帰ったあと、三島課長から偽婚約者の件は気にしなくていいって言われたんだけど……」

「佐野主任には彼氏がいるから申し訳ないとでも思ってるんでしょうね。その彼氏がどうしようもない浮気者で、佐野主任がもう別れるつもりでいるって知ったら、もしかすると……」

「もしかするかも、っていうことやなっ?」


 葉月の反応が気持ちいいのか、瀧内くんはいつもより口角を上げてニヤリと笑ってうなずいた。

 この二人は案外いいコンビなのかも知れない。


「佐野主任も次の練習日から参加することになったので、仲のいいところを見せれば説得力があるんじゃないかと思うんですけど、どうです?」


 どうです?と聞かれても、三島課長本人がいないのに勝手には決められない。たとえフリだけとは言え人前で婚約者を名乗るのだから、その場はしのげたとしても、その後に何かしら面倒なことがあったりはしないだろうか。

 それになんと言っても、こんな大きな嘘は私には荷が重すぎる。


「あのね、三島課長は私には頼みたくなさそうだったし、いくらなんでもここで勝手に決めるのはどうかと思うの。そのモナちゃんって子も騙されるのは気の毒だし、ちゃんと話せばわかってくれるんじゃないかなぁ……」


 三島課長の婚約者のフリをしてバレーサークルに参加したら、いきなり目の敵にされて居心地が悪くなるのは目に見えているので、やんわりと断るつもりでそう言うと、瀧内くんは少し苛立った様子で舌打ちをした。

 背筋に冷たいものが走った。

 ああ、前にもこんなことがあったような気がする。


「ちゃんと話聞いてましたか?何度断っても引き下がらない、話の通じない、あきらめの悪い小娘が三島課長を困らせるから、こんな話になってるんですよ?」

「はい、すみません……」


 私は私の意見を言っただけで、謝る理由などないはずなのに、瀧内くんの威圧感がすごすぎて謝らずにはいられない。


「あの子が三島課長のことをあれこれ詮索するんですよ。僕にも伊藤先輩にもつまらないことで探りを入れて来るし、練習の後で三島課長が捕まると帰るのは遅くなるし、いい加減うんざりしてるんです。そうですよね、伊藤先輩」

「あ、ああ、うん……」


 伊藤くんも瀧内くんの勢いに圧倒されて大人しくうなずく。

 瀧内くんが心の底からモナちゃんを迷惑がっているということだけは、しみじみと伝わってきた。もしかしたら三島課長本人よりも迷惑がっているんじゃないだろうか。


「どうしても無理なら他の人にお願いするしかないですね……」


 さっきまでとは打って変わって、瀧内くんは捨てられた気弱な子猫みたいな顔でうつむいてしまった。


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