使えるものは親でも使え③

「優しい佐野主任なら、僕らを助けるつもりで引き受けてくれるんじゃないかと、一縷の望みを託したんですけど……仕方ないです」


 なんだ、この罪悪感は?これは私の母性本能と良心に訴えかけてくる作戦なのか?!

 瀧内くんはシュンと肩を落として、すっかり冷めてしまったコーヒーを悲しそうに飲んでいる。

 ああ……!私、この子たちがこんなに困っているのに、黙って見過ごすなんてできない……!


「わかったから……!だけどせめて三島課長のいるところで話してから決めましょう」


 思わずそう言ってしまった後で、瀧内くんの口角が上がるのを見てしまった。

 目の前にいるのは捨てられた子猫のような、いたいけな子などではない。Sっ気の強いいつもの瀧内くんがニヤリと笑っている。

 もしかして……今のは芝居だった……?


「えっ、ちょっと待って!やっぱり今のナシ!」

「それは無理です。これ、僕と木村先輩の分の食事代です。話は済んだので僕は帰りますね」


 瀧内くんはそう言ってテーブルの上にお金を置き、鞄を持って私を二人掛けの座席から押し出した。そして私の顔を見てまたニヤリと笑う。


「やっぱりチョロいですね。でも佐野主任のそういうところがかわいいと思います」

「なっ……なんじゃそれ……!」


 それ以上返す言葉もなく、去っていく瀧内くんの後ろ姿を、歯を食いしばりながら見送った。


「佐野、大丈夫か?」

「志織は泣き落としに弱いんやなぁ……」

「最近瀧内くんに関わると、いっつもあんな感じなんだ……。もう逆らえる気がしないよ……」


 伊藤くんは同情的な目で私を見て、黙ってメニューを差し出した。


「甘いものでも食って元気出せよ。おごるから」

「ありがとう伊藤くん……。お言葉に甘えて、激辛チキンとビール頼んでいい?」

「そこは甘いもんちゃうんかい!」


 それから私は、伊藤くんがおごってくれたビールを飲みながら、激辛チキンにかぶりついた。


「とりあえずあれだよ、会社ではいつも通りだし、婚約者のフリするのはバレーのときだけだから。もう少し気楽に考えればいいんじゃないか?」


 伊藤くんは私を慰めるつもりで言ったのだろうけど、うまくなだめられてその気にさせられるような気がした。


「他人事だと思って……。だったら葉月に頼んで、練習とか試合を見に来てもらえばいいんじゃないの?今からでも瀧内くんに電話して……」


 ポケットからスマホを出して瀧内くんに電話をかけるフリをすると、伊藤くんは慌ててメニューを差し出した。


「無責任なこと言って悪かった!ビールでもチキンでも好きなだけおごるから、それだけは勘弁してくれ!」


 やっぱり嘘でも葉月を誰かの婚約者にはしたくないんだな。葉月は少し嬉しそうに、込み上げる笑いを堪えている。


「しょうがないなぁ……。でももうお腹いっぱいだから、また今度でいいよ。その代わり、二人でちゃんと話して仲直りしてね」


 なんだか厄介なことになりそうな気はするけれど、今日のところはこの二人がうまくまとまってくれれば良しとしよう。



 木曜日の昼休み、私は葉月と二人で会社近くのカフェに足を運んだ。いつもはだいたい社員食堂を利用するけれど、昨日の夜に葉月から【明日会社の外に出てお昼を一緒に食べよう】とお誘いのメッセージが届いたからだ。

 会社では話しづらいこと、おそらく伊藤くんとのことを話したいのだろうと思い誘いに応じると、席について本日のランチを注文した後の第一声は『プロポーズ断ったわ』だった。

 あんなに他人を振り回しておいて、結局伊藤くんとのことはなかったことにするのかと思ったけれど、断った相手は伊藤くんではなくて茂森さんだと聞いてホッとした。

 ホッとしたなんて言うと茂森さんに申し訳ないし、プロポーズを断られたのだから気の毒ではあるけれど、忘れられない相手がいる葉月と結婚したところで、お互いの心のしこりが溝を作ってしまうことがないとも言い切れないから、葉月にとっても茂森さんにとっても、これで良かったんじゃないかと思う。

 そして『伊藤くんが半裸の茂森さんに門前払いを食らった事件』の話をしたところ、やはり茂森さんは伊藤くんのことを知っていたそうだ。

 茂森さんが大阪に帰省したときに両親から預かった葉月へのお土産を、ちょうど近くを通るのでそのついでに渡そうと思い葉月の部屋を訪ねようとしたところ、タイミング悪く葉月と伊藤くんが仲良く肩を並べてマンションから出てきたのだという。


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