騙し合い、転がし合い③

「……思わない。少なくとも私だったら、そんなこと人には言えない……」

「そうでしょう?奥田さんは橋口先輩がなかなか自分に本気にならないのにしびれを切らして、佐野主任に面と向かって橋口先輩から手を引いてくれって言ったんです。彼女は天才的にあざといんですよ」


 なんてことだ。護のことが本当に好きだから、彼女がいるのをわかっていてもあきらめられないなんて目を潤ませて言っていたけど、あれもすべて計算だったのか!なんなら、ちょっといい子なのかもって思っちゃったのに、完全に騙されてたなんて……!

 瀧内くんに話さなかったら、私はきっと奥田さんを応援しながら大人しく身を引いていたと思う。

 奥田さん……なんて恐ろしい子……!


「なるほど……すべてが計算し尽くされてるわけね……。ところでなんで瀧内くんはそれを見抜けたの?」


 純粋に疑問に思ったので尋ねてみると、瀧内くんはげんなりした顔で大きなため息をついた。


「僕自身は見たくもないのに、なぜか修羅場とか浮気現場なんかにやたらと遭遇して、そのゴタゴタに高確率で巻き込まれてしまうんです」


 それはなんとなくわかる気がする。私も仕事以外ではほとんど出掛けないのに、たまに出掛けるとやたらと知り合いに会うのだ。そういえば大学時代の友人は、歩いているとやたらと道を尋ねられると言っていた。それってもしかして、特定の条件に当てはまる人や状況を引き寄せるセンサーみたいなものでもあるんだろうか。

 なんにせよ、それによって瀧内くんが、本来ならしなくてもいい余計な苦労をしていることは間違いないだろう。


「だからここ数年は諸悪の根元というか、トラブルを引き起こす人間もなんとなくわかるようになってきたので、極力近付かないようにしてるんです」


 なるほど、瀧内くんが奥田さんを生理的に受け付けないとまで言って嫌う理由はこれだったのか。


「それなのに奥田さんが入社したとき、僕は本当にイヤだったのに、席が隣ってだけの理由で奥田さんの教育係にされて……。奥田さんが仕事中に男を誘惑する瞬間を何度見たことか」

「誘惑する瞬間?」


 自分の魅力を最大限に利用する術を心得ているのか、奥田さんは気に入った男性がいると必ず自分から積極的にアピールするらしい。そしてその相手はほぼ確実に彼女か妻子がいるにも関わらず、奥田さんの虜になってしまうんだそうだ。

 ある意味これも、奥田さんの持つ特殊能力なのかも知れない。

 奥田さんは二人で何度か会っているうちに彼を好きになっていい雰囲気になったと言っていたけど、そんな可愛いものでもないらしい。瀧内くんが言うには、奥田さんはどうやら彼に彼女がいるのを知っていたようで、彼女の目を盗んで彼に目配せしたり、さりげなく体に触れたりしてかなり積極的にアピールしていたようだ。

 最初は気のせいかと思っていた彼も、それが次第にエスカレートすると確信に変わり、モテ期が来たとばかりに浮かれてしまったのだろう。社員食堂でみんなでお昼を一緒に食べる程度の仲だった同期のはずが、いつしか仕事のあとに二人きりで会って朝まで過ごすほど親密になり、彼は付き合い始めたばかりの彼女がいるにもかかわらず、奥田さんにのめり込んでしまったそうだ。


「瀧内くん詳しいね……。なんで?」

「女同士の修羅場に遭遇したんですよ。その上、それを知らない男の方からは相談までされて……。僕にはなんの関係もないのに迷惑な話です」

「それは気の毒な……」


 結局、散々振り回された挙げ句カップルは別れ、その途端彼に興味をなくした奥田さんは、『彼女を傷付けたのにあなたと付き合うなんてできない』とのたまって彼を捨て、別の人をターゲットにしたらしい。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る