騙し合い、転がし合い④

 私はまったく気付いていなかったけれど、奥田さんのあざとさは新入社員の頃から完成されたものだったようだ。『リアル魔性の女』とでも言うべきか。


「でも護には彼女がいるからやめておけって奥田さんに忠告したのは瀧内くんなんでしょ?」


 奥田さんの話を聞いているときに不思議に思ったことを率直に尋ねると、瀧内くんはなんとも忌々しそうな表情で首を横に振った。


「僕はただ『また彼女持ちの男か』って言っただけですよ」

「『もっと自分だけを大事にしてくれる人を見つけろ』的な……」

「そんなこと、僕が言うと思いますか?『どうせやるなら他人の迷惑にならない場所を選べ』って言ったんです」

「あらー……?話が違うなぁ……」


 これもまた奥田さんの作り話だったようだ。奥田さんの思惑にまんまとはまっていた自分が情けない。

 しかし護を本気で落としにかかっているということなら、護の見ている前で瀧内くんをしつこく食事に誘う理由はなんだ?


「だったら瀧内くんはなんで奥田さんから食事に誘われてるの?」

「『相談に乗って欲しい』とか適当なこと言ってますけど、僕をなんとかして口止めすることと、橋口さんの独占欲を煽ることが目的なんじゃないかと」


 奥田さんの本性を知っている瀧内くんを手懐ける作戦に出るとは、どこまでも女の武器をフル活用する女だ。

 私にも奥田さんの1割程度でもそのスキルがあれば、護に浮気されたりはしなかったのかも知れない。


「護も奥田さんも嘘ばっかりで、信じられる要素がひとつもないわ。社内恋愛ってめんどくさいけど、周りに内緒にしとくとろくなことないね」

「言ったら言ったで、いろいろ邪魔くさいですけどね」


 なんだかやけに実感がこもっているように聞こえる。瀧内くんにもそんな経験があったりするんだろうか?


「私もそう思って内緒にしてた結果がこれ。先の見えない恋愛はもういいわ。そろそろ本気で落ち着きたいから、真面目に結婚を考えられる人と付き合いたい」


 私がそう言うと、瀧内くんはすっかり冷めてしまったコーヒーを飲もうとカップを持ち上げたその手を止めた。


「伊藤先輩とですか?」

「さっきも言ったけど、伊藤くんとの結婚はないな。愛情がない上に、なんの期待もされない結婚なんて寂しいじゃない?元カノに未練ありそうだったし、もしその人とうまくいったら、彼女と結婚するから離婚してくれ、なんてあっさり言いそう」

「それはあり得ますね。だけど伊藤先輩以外にあてはあるんですか?」

「あてというか……母から結婚を急かされてて、お見合いしろとか、付き合ってる人がいるなら連れてこいとか言われてるんだ。この際だからお見合いもありかなぁって思ったりしてね」


 私がお見合いしたいと言ったら、母は二つ返事でOKして、すぐさま相手を見つけてくるだろう。

 見ず知らずの人でも何度か会えば好きになるかも知れないし、誠実で優しい人となら慎ましく心穏やかに暮らせると思う。結婚するなら、絶対に浮気しない、嘘をつかない人がいい。


「そういえば橋口先輩は昨日帰ってるはずなのに、佐野主任とも奥田さんとも一緒じゃなかったんですね」

「そうなんだよねぇ……。新たなお気に入りでも見つけたのかなぁ。どこで誰と何してようが護とは別れるつもりだし、あとは奥田さんの好きなようにしてもらえばと思ってたんだけど……やっぱりこのまま引き下がるのは悔しいよね」


 単純に割り切れない気持ちを吐露すると、瀧内くんは誰が見てもハッキリとわかるくらいに口角を上げてニヤリと笑った。

 昔映画か何かで見た悪魔の嘲笑にそっくりだ。


「だったらやってみますか?」

「……やるって何を?」

「あちらはうまく騙せてると思ってるんですから、それを逆手にとってやればいいんですよ」



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