騙し合い、転がし合い②

「なんで伊藤くんが私と護のこと知ってるんだろう?私は伊藤くんには護とのこと一度も話したことないんだけど……」

「僕は何も言ってませんよ。でも伊藤先輩はちょっと勘が鋭いというか、人間関係とかその場の空気に敏感ですね。だから職場での立ち回りがうまいんだと思います」

「そうなんだ」


 たしかに伊藤くんは誰とでもすぐに仲良くなれるし、良好な人間関係を作るのが上手で、社内の人間からはもちろん、どの取引先の担当者からも男女問わずとても好かれていると思う。それゆえの恋愛ベタとでも言うべきか。

 伊藤くんはいつも明るく笑って悩みなんかなさそうに見えるけど、人知れず恋に悩んで悟りの境地に至ったんだろうなと思いながらコーヒーを飲む。


「それで伊藤先輩と結婚するんですか?」


 瀧内くんの突然の問い掛けに驚き、口に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。咄嗟に紙ナフキンで口元を押さえる。

 危ない危ない、新しいワンピースにシミを作るところだった。


「まさか!」

「しないんですか?」

「しないよ!伊藤くんの家から会社が近いとか期待しなければラクとか、いくらなんでもそんな理由では結婚できない!私はまだ結婚に対する希望は捨てたくないから!」

「そうなんですか?伊藤先輩は人望が厚いし、将来性もあるかなりの優良物件ですよ?」


 私は瀧内くんの口角があがっていることを見逃さなかった。他人事だと思って、なんて楽しそうな……!


「瀧内くん、面白がってる……?」

「バレましたか。まぁ、冗談はさておき……話の続きをどうぞ」


 元のクールな表情に戻って続きを促されるとなんとなく話しづらいけど、ずっと笑われているよりはマシな気もする。

 気を取り直して、護とは結婚はあり得ないから別れることに決めたと話すと、瀧内くんはさらに口元を歪めて笑った。


「やっと気付いたんですか?」

「いとこにも別れる一択だろうって言われたよ。それに親も心配してるから、そろそろ本気で将来のこと考えて行かないとなって。奥田さんから聞いた話も許せなかったし……」

「奥田さん?」


 瀧内くんはここで突然奥田さんの名前が出てきたことに首をかしげた。


「ああ、そうだった。奥田さんと会ったことはまだ話してなかったんだ。さっき偶然奥田さんと会っていろいろ話したんだけどね……」


 奥田さんとの会話の一部始終を事細かに話すと、瀧内くんは顎に手を当てて考えるそぶりを見せ始め、次第に表情が険しくなった。『奥田さんのことは生理的に受け付けない』と言い切る瀧内くんには、話だけでも不愉快だろうか。


「思ってたより悪い子じゃなかったというか、私も奥田さんのこと誤解してたかも」


 感じたまま素直にそう言うと、瀧内くんは大きなため息をついて舌打ちをした。


「ホントにチョロいなぁ……。だから浮気されるんだよ……」

「え?!」


 瀧内くんの口から、瀧内くんのものとは思えない言葉が発せられたような気がするのは私の気のせいなのか、それとも空耳か?


「えーっと……今何か言った?」

「チョロいって言ったんです。完全に騙されてるじゃないですか」


 えっ?私、騙されてるの?!とても嘘を言っているようには見えなかったのに?


「佐野主任は橋口先輩と奥田さんの関係を知らないふりして話を聞き出して、手のひらの上で転がしたつもりかも知れませんけどね、転がされたのは佐野主任の方ですよ」

「……どういうこと?」

「そこで会ったのは偶然だとしても、奥田さんはきっと橋口先輩の彼女が佐野主任だってこと知ってるのに、あえて知らないふりして話したんだと思いますよ。友達もいない、同期に本音も話せない女が、休日に偶然会った上司に、好きな男にセフレ扱いされてるなんて話をわざわざすると思いますか?」


 たしかにそうだ。

 そういえば奥田さんの恋愛相談は唐突に始まった。何かモヤモヤすると思った原因はここにあったのかも知れない。


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