騙し合い、転がし合い①
フルーツパーラーの前で奥田さんと別れた後、インテリアショップで雑貨を見ながら奥田さんの話を反芻していると、なぜか違和感が生じてモヤッとした。
一体何がそうさせるんだろう?奥田さんは何かおかしなことを言っていただろうか?
考えていると気もそぞろで、目の前に並んだおしゃれな食器や可愛いクッションも視界に入らなくなってくる。仕方がないので買い物は断念して店の外に出た。
それにしても日曜日の街はカップルだらけだ。
ひとりでのんびり歩くつもりで来たはずなのに、やはり美味しいものや面白いものに出会ったときの感動を共有できる相手がいないのは少し寂しいと思う。だから奥田さんも私をお茶に誘ったのかも知れない。
ただそれだけなのに、何がそんなに気になるのか。駅に向かいながらモヤモヤする原因を考える。
私はてっきり、護は日曜の晩に帰ると私に嘘をついて、じつは奥田さんのところにいるんだとばかり思っていたのに、奥田さんは予定をドタキャンされて暇で仕方ないから一人で来たと言っていた。
だったら護は今どこで何をしているんだろう?
どれだけ考えても答は何一つ見つけ出せないまま、自宅の最寄り駅で電車を降りた。
自動改札機の手前まで来たとき、手に持っていたはずの切符がないことに気付き、慌ててポケットを探ったけれど、ポケットの中にはハンカチしか入っていない。改札機へと流れる人の波からなんとか抜け出し、バッグの中や財布の中を探してみても、どこかで落としてしまったのか、切符はどこにも見当たらない。
仕方がないので肩を落として改札口にいる駅員のところに行こうとしたとき、後ろから肩を叩かれ振り返ると、その人は呆れた顔をして切符を差し出した。
「瀧内くん……」
「やっぱり佐野主任でしたか……。これ、落としたでしょう?」
「あっ……うん、ありがとう」
私が切符を受け取ると、瀧内くんはさっさと改札機に向かって歩き出した。
今に始まったことでもないけれど、本当に愛想のない子だ。これで営業が務まるのかと思うけど、務まるどころか成績もいい方だというのだから不思議でしょうがない。それだけオンとオフの切り替えがうまいということだろうか。
そのオフの日に会社の人間と会うのはあまり嬉しくはないかも知れないけれど、せっかくここで会えたことだし少し話を聞いてもらいたい。
改札機を通り抜けて足早に駅の外へ向かう瀧内くんを急いで追い掛け腕を掴んだ。
「ちょっと待って、瀧内くん。休みの日に申し訳ないんだけど、これから少し時間ある?ちょっと聞いてほしいことが……」
私が追い掛けてくるのを予想していたのか、振り返った瀧内くんは『やっぱりそう来るか』と言いたげな顔をしてうなずいた。
「……わかりました」
それから駅前のコーヒーショップに入り、金曜日の晩は護が出張で会えなかったことや、土曜日に千絵ちゃんのお見舞いに行った帰りに伊藤くんと会ったこと、そして護が日曜日の晩に出張から帰ると嘘をついていたことを話した。
「かなり酔ってたからだと思うけど、伊藤くんに一緒に暮らそうとか結婚しようとか言われた。最初から相手に期待しない方がうまくいくんじゃないかって。おまけに私と護が付き合ってることも、護が浮気してるのも知ってたみたいで、護と別れる覚悟ができたら来いって言われたの」
「そうですか。たしかに橋口先輩よりは伊藤先輩と結婚した方が幸せになれそうですね」
瀧内くんは休日もいつも通りの冷静さだ。そんなにさらっと流さないで、お愛想程度でもいいから、ちょっとくらいは驚いてくれたっていいのに。
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