女の選択肢④

「彼女が早く結婚したいって言うから頑張って働いて、結婚資金を貯めるために節約もしてたのに、面白みも刺激もない男と思われてたみたいよ」

「気の毒……。でも旦那さんはなんで彼女の浮気に気付いたの?」

「志織と一緒よ。残業時間に職場でしてるの見ちゃったんだって。そのときに彼女が旦那のことを、顔は好みだけど性格は地味でつまらないとか、結婚相手にはちょうどいいけど恋人としては淡白すぎて刺激が足りないって言ってたらしい」


『淡白すぎて』というのは、もしかして性的なことだろうか。だからって彼氏以外の男、しかも既婚者に手を出すなんて最低だ。

 いや、既婚者が妻以外の女に手を出したんだから、最低なのはお互い様か?


「奥さんも子どももいるくせによくやるわ。彼女ももちろんそれを知ってたわけでしょ?ホント最低だね……」

「あの男はホント最低だよ。私、その1か月くらい前に復縁迫られたもん。家庭があるから割りきった大人の付き合いがしたいって。もちろん相手にしなかったけど」


 元カレのことは相手にしなかった千絵ちゃんだけど、彼女の浮気に気付いてもどうすればいいのか悩んで何も言えずにいる旦那さんがあまりにも気の毒で、自分と元カレとの過去を打ち明けた上で、一緒に仕返しをしてやろうと持ち掛けたそうだ。

 すると旦那さんが『だったら課長、僕と結婚してください』と言ったらしい。

 お酒の勢いも手伝って二つ返事でOKした千絵ちゃんは、翌日には祖父の法事で親族に旦那さんを紹介して、さらにその翌日には入籍を済ませ、千絵ちゃんの買ったマンションで一緒に暮らし始めた。


「付き合って3か月っていうのは嘘だったの?」

「そう。ホントは交際0日」

「えーっ……普通では考えられないよ……」


 恋愛だってうまくいかないことばかりなのに、付き合ってもお互い好きでもない人と結婚して、結婚生活がこんなにうまくいくとは!しかも会社では同じ部署の上司と部下だったわけだし、婚姻届を出したからと言って、急に特別な感情が持てるものだろうか?

 例えて言うなら、私が護の浮気の腹いせに瀧内くんと結婚するようなものだから、私はきっと千絵ちゃんと同じようにするのは無理だと思う。


「それでよく夫婦仲がうまくいってるね」

「結婚するからには一生添い遂げるつもりだって言ってくれたけど、そんなこと言ってもしばらくしたら若くて可愛い彼女でも見つけて出ていくんだろうなと最初は思ってたよ」

「じゃあ、千絵ちゃんの予想ははずれたわけだね」


 私がそう言うと、千絵ちゃんは少し照れくさそうに笑った。ハッキリと言葉にして言わなくても、幸せだということが伝わってくる。


「真面目だし、優しいし、よく気が利くし、一緒にいると居心地良くて、理想の夫ってこんな感じかなぁ、好きだなぁっていつの間にか思うようになってね。旦那の方も同じように思ってくれたみたいで、だんだん距離が縮まってホントの夫婦になった感じ」

「だったらいろいろあって良かったね。それがなければ旦那さんと一緒にはなってないでしょ?結果オーライだね」

「そうね。結婚して良かったと今は思ってるよ」


 今の私にとっては結婚も出産もまだまだ遠い未来のような気がして、先のことなどなんの見通しも立たないけれど、いつかは私もそんな風に言えるといいなと思う。


「志織が結婚とか出産を望んでいるなら、同じようにそれを望んでて、歩幅を合わせられる人を探した方がいいと思う。同じ方向へ向かって一緒に歩けるパートナーがいるのといないのとでは全然違うよ」

「同じ方向へ?」

「そう。いくら好きでも、自分が行きたい方向とは逆の方向へ行こうとする人と一緒にいたら、目的地にはずっとたどり着けないかも知れないでしょ?自分は北海道に美味しいものを食べに行きたいのに、サンバを見たいパートナーに合わせてブラジルに行くようなものよ」


 例え話がなんとなくおかしくて思わず笑ってしまう。たしかに護は美味しいものを食べるより、セクシーなサンバダンサーを口説く方が楽しいかも知れない。


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