女の選択肢③

「……うん……まぁ、そう、だね」

「どうしてもその彼じゃないといけないほど好きなら、浮気を繰り返される覚悟で付き合うなり結婚するなりしたらいいと思うよ。私は無理だったけど」

「それは厳しいなぁ……。そっか、千絵ちゃんは無理だったんだー……」


 …………ん?

『私は無理』ってどういうこと?

 まるで同じような経験でもあるみたいな言い方だ。千絵ちゃんの恋愛遍歴が余計に気になる。


「えーっと……無理だったの?」

「無理だった」

「できればその辺詳しく聞かせてくれる?急に結婚した理由とか……」


 少し話が長引きそうだから、その前に何か飲み物を買ってきて欲しいと千絵ちゃんが言ったので、産院の玄関前に設置されている自販機でミルクティーとカフェオレを買った。妊娠中はもちろん、今も授乳中なのでコーヒーは控えているけど、ミルクティーなら少しくらいは飲んでも大丈夫らしい。

 昔は水代わりにコーヒーを飲み、浴びるようにお酒を飲んでいたヘビースモーカーの千絵ちゃんと同一人物だとは思えない。この辺から千絵ちゃんはもうすっかりお母さんということなのだろう。

 飲み物を持って病室に戻ると、千絵ちゃんはミルクティーを飲みながら、突然結婚することになった経緯を話し始めた。


「結婚した理由ね……最初はあてつけだったんだ」

「あてつけ?!」

「課長に昇進する前は同じ部署の同期と付き合ってたんだけど……27歳のときに付き合い始めて、その半年後に私は28歳で主任に昇進したの」


 千絵ちゃんに遅れること1年半、彼も主任に昇進したけれど、その直後に千絵ちゃんが課長に昇進することが決まったそうだ。

 同期同士で付き合っていて、彼女の方だけが役職についていることでただでさえギクシャクしていたのに、やっと追い付いたと思ったらさらに差をつけられてしまった彼は、だんだん千絵ちゃんに対して『仕事ばかりで可愛いげがない』といやみを言ったり、冷たい態度を取るようになった。おまけに他の女の影がちらつくことも、一度や二度ではなかったらしい。

 それでも彼のことが好きだった千絵ちゃんはそれに気付かないふりをして、できるだけ彼のプライドを傷つけないようプライベートでは下手に出たりなだめたりしていたけれど、彼はある日突然一方的に千絵ちゃんに別れを告げ、その直後に同じ部署の若い女子と結婚した。彼女のお腹にはすでに赤ちゃんがいたそうだ。


「いろいろ面倒になるのがイヤで付き合ってることを公言してなかったし、立場的にもカッコ悪いから、二股されても部下に彼氏をとられても何も言えなかった」


 護は同期ではなく後輩だったけれど、私と状況が似ているような気がする。


「男は裏切るけど、仕事は頑張って結果を出せばその分評価されるし、もう仕事一筋で生きようと思ったのが30歳の頃。一生独身でも困らないようにと思って33歳でマンション買って」

「現金一括払いで買ったあのマンションね……」


 そこまで一生独身でいる覚悟をしていたのに、その2年後、突然結婚したのはなぜだろう?

 旦那さんとの出会いがよほど運命的だったのかとも思ったけれど、最初に千絵ちゃんは『あてつけだった』と言った。今の仲睦まじい二人を見ていると、相思相愛であっという間に結婚を決めたとしか思えない。


「で……その決意が覆るほどの何が起こったわけ?」

「旦那が同じ部署の後輩と結婚するつもりで付き合ってたんだけど……なんか元気もないし仕事でミスが続いたから気になって、仕事の後でお酒飲みながら話を聞いたら、彼女が上司と浮気してるって言って。その相手が私の元カレだった」

「えっ?!同じ部署の中でそんな恋愛のドロドロがあっていいの?!」


 どうでもいいけど、そこの会社のその部署の人間はちゃんと仕事しているのか?


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