女の選択肢②

「そうかぁ……赤ちゃんはしゃべらないもんね。やっぱり子育てって大変そう」

「なんとかなるもんだよ。親も子どもと一緒に成長するんだから」


 私にも子どもの成長に一喜一憂したり、子育てに悩んだりする日がいずれ来るんだろうか。まったく想像がつかない。

 いや、今の私は子どもを産んで育てるどころかそれ以前の問題で、結婚の見通しすら立たないのだけど。


「ただねぇ、出産も育児も歳と共にきつくなるから、志織も子ども欲しいなら結婚はできるだけ早くした方がいいよ」


 千絵ちゃんはそう言って深いため息をついた。よほどそれを痛感しているらしい。


「うーん……それがなかなかね……」

「初産婦は35歳以上で高齢出産って言われるの。経産婦だと40歳以上ね。年齢が上がるほど母子共にリスクは高くなるんだって」

「そうなんだね。じゃあ私は今29だから、まだ大丈夫かな」

「すぐに子どもができるとは限らないし、もしできたとしても産んで終わりじゃないでしょ。育児は先が長いからね」


 そう言われても、そればっかりは今すぐどうこうできる問題じゃない。結婚も妊娠も相手が必要なのだから。


「おばさんが心配して、本気で志織にお見合いさせようとしてるって、うちのお母さんが言ってたよ」

「まだ若い珠理が結婚することになったもんだから、お母さんの方が焦ってるみたい。婚活しろとか急に言い出しちゃってね……」


 千絵ちゃんは赤ちゃんをそっとベビーベッドに寝かせてベッドに座ると、私にもソファーに座るよう促した。


「でもなんでお見合いなの?志織、彼氏いるよね?」


 ギクッとして作り笑いを浮かべると、察しのいい千絵ちゃんは、私が母に婚活を断りきれない事情があると気付いたようだ。心の奥底まで見透かすような視線が怖い。


「もしかして別れた?」

「いや、まだ別れてはいないけど……」

「ふーん……まだっていうことは、いずれそうなるってことかな」


 しまった、これでは別れたことを否定するつもりが、うまくいっていないことを自白したようなもんじゃないか!


「志織は嘘がつけない性格なんだから、悪あがきはやめてお姉さんに正直に話してごらん?」


 あまり心配はかけたくないけれど、嘘をついて取り繕ったところで何も解決しないんだから、洗いざらい正直に話してしまった方がいいのかも知れない。社内恋愛で歳下の部下との結婚に成功した千絵ちゃんなら、何かいいアドバイスをくれるだろうか?

 それに機会を逃して聞けずにいたけど、ずっと独身でいいと言っていた千絵ちゃんがなぜ突然結婚したのか、前から気になっていた。

 私の話ばかりするのもなんだし、いい機会だから聞いてみようかな。


「それで一体何があったの?」

「じつはね……」


 私が護の浮気に関して見たことや聞いたことを事細かに話すと、千絵ちゃんは苦虫を噛み潰したような険しい顔をした。


「なるほど……それはもう救いようがないわ。仮にもう浮気はしないって約束したところで、ほとぼりが冷める頃にはまたやるよ。そんな男、別れる一択でしょ」


 ある程度予想はしていたけれど、これほどキッパリと言い切られてしまっては返す言葉もない。

 結婚していない今ならまだ間に合うとか、さっさと別れて別の人を探せとか、きっと誰に聞いても同じ答が返ってくるだろう。


「やっぱり千絵ちゃんもそう思うよねぇ……。私もその方がいいってわかってはいるんだけど、なんか思いきれなくて」

「それは彼のことが好きだから?」


 好きだから?と聞かれて一瞬返事に詰まる。

 浮気を許す理由になるくらい護のことが好きなのか、好きだから許せないのか自分でもよくわからないけれど、別れたくないということは多分そういうことなんだろう。


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