女の選択肢①
3時の休憩時間に護からメッセージが届いた。
取引先でトラブルが発生して、来週末に予定していた出張が急遽前倒しになり、これから一度自宅へ支度をしに戻ってから京都へ向かうことになったらしい。帰りは日曜日の晩になるので、会うのは来週にして欲しいという内容だった。
仕事ならば仕方がない。急な出張や休日出勤は営業部にはよくあることだ。
来週の月曜日に一緒に晩御飯を食べる約束をして、メッセージのやり取りを終えた。
急に予定がなくなったことだし、ちょうどいいから明日は千絵ちゃんと赤ちゃんに会いに行って、気は進まないけど実家に顔を出すことにしよう。
土曜日の午後、千絵ちゃんの入院している産院に足を運んだ。
ゆうべ寝る前に、詳しい場所や交通機関を調べるために母から聞いた産院の名前をネットで検索すると、たくさんの口コミ情報が出てきた。それを電車の中で思い出し、なんとなく読んでみる。
三代続いているという個人経営のこぢんまりとしたその産院は、出産入院費用は手頃なのに、個室だから他の患者に気兼ねなく家族や友人に来てもらえて、スタッフの腕がいいのはもちろんのこと、衛生面の管理がよく行き届き、産前産後のケアが手厚く、おまけに食事がとても美味しいと評判で、地域でも一二を争う人気らしい。
利用者の『出産なんて人生の中でも数回あるかないかのことだから、私自身が満足できるお産にしたくてこの産院を選びました!』という星5つのレビューが、やけに心にひっかかる。
たしかに、女性なら必ず出産するというわけでもない。たくさん子どもを産む人もいれば一人だけ産む人もいるし、あえて産まないという選択をする人や、どんなに欲しくても何らかの事情で産めない人もいる。
結婚も同じで、早くする人もいれば遅くする人もいるし、何度もする人もいれば、逆に一度もしない人だっている。
昔は『女は結婚して子どもを産むのが当たり前』とか、『25歳までに結婚しない女は行き遅れ』などと言われていたらしいけど、男女雇用機会均等法が施行されて久しい今は女性の社会進出が進んで、そんな考えは時代錯誤だと言える。
女性の選択肢が広がった今の世の中、 結婚して子どもを産むのは当然のことではないのかも知れないけれど、やっぱり私は結婚もしたいし子どもも欲しい。そのためにもっとも重要なのは、共に歩むパートナーに誰を選ぶかだ。
電車に揺られながらそんなことを考えているうちに最寄り駅に着き、そこから徒歩5分ほどで産院に到着した。
中に入ると総合病院とはまったく違った穏やかな雰囲気で、快適な室温と言い、院内に流れるリラクゼーション音楽と言い、ここだけ時間の流れが違うのではないかと思うほどゆったりしていて、気を抜くと眠くなってしまいそうになる。
私が病室を訪れたとき、千絵ちゃんは赤ちゃんのオムツを替えていた。さすが3人目にもなると手慣れたものだと、その手際の良さに妙に感心する。
「おめでとう。元気そうで良かった」
「ありがとう、早速来てくれたんだ。さっき授乳が終わったところで機嫌いいから、抱っこしてやって」
千絵ちゃんは手を洗って消毒すると、私にも同じようにするよう促して、優しい手つきで抱き上げた赤ちゃんを、清潔になった私の手にそっと抱かせた。
昨日生まれたばかりの赤ちゃんは、小さくて温かくて、どこもかしこもやわらかくてフニャフニャで、とても可愛くて、ずっとこうして抱いていたいような、でも壊してしまわないかと不安で、やっぱり怖いような気もする。
そんな不安が伝わったのか、それとも赤ちゃんに慣れていない私の抱っこがあまりにもぎこちなかったのか、赤ちゃんがぐずり始めたと思うと一気に大泣きしてしまったので、慌てて千絵ちゃんにバトンタッチする。
千絵ちゃんに抱かれて安心した赤ちゃんはあっという間に泣き止んで、気持ち良さそうに眠ってしまった。
「さすがお母さんだね」
「そうね。でも私だって初めて出産したときは抱っこもオムツ替えもへたくそだったよ。何をしても泣き止まないからどうしていいかわからなくて、涼香と一緒になって泣いたこともある」
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