女の選択肢⑤

「たしかに、それじゃたどり着けないね」

「結婚だけがすべてとも、女は子どもを産んで当たり前とも思わないけどね……。息を引き取る瞬間に、この人と出会えていい人生だったと思えたらいいなと思うんだ」


 そう言って千絵ちゃんは、スヤスヤ眠っている赤ちゃんを愛しそうに見つめた。

 まだまだずっと先のことだけど、きっと千絵ちゃんは人生最期のときを大切な家族に看取られて、幸せな気持ちで生涯を閉じるのだろう。


 千絵ちゃんは別れ際にこう言った。


「好きな人を想うことも幸せだと思うけど、自分を想ってくれる人を大切に想うことも幸せだと私は思うよ」


 千絵ちゃんの言うように、生涯の伴侶となる人を選ぶのならば、まじめで誠実な人がいいのだろう。そして一方的に想うのではなく、できれば大切に想い想われ支えあえる関係でありたい。

 結婚は好きな人とするものだと思っていたけど、恋愛と違って、ただ好きなだけではうまくいかないこともあるのかも知れない。



 その後久しぶりに実家に帰ると、母から散々小言を言われ、結婚を急かされた。

 いや、結婚というよりは出産を急かされたというか、早く出産するために結婚を急かされたと言っても過言ではない。

 兄二人は結婚して子どもがいるのだから『孫を抱く』という望みは叶ったはずなのに、私が子どもを産むことをなぜそんなに急かすのか?

 母の言い分はこうだ。


子どもってところが重要なの!息子の子はどんなに可愛くてもお嫁さんの産んだ子でしょ?その点、娘の産んだ子は気兼ねなくお世話ができるのよ」


 私の目から見て、母は決して兄嫁たちと仲が悪いわけでもないし、入れ替り立ち替りしょっちゅう家族で遊びに来て、仲が悪いどころかむしろ関係は良好だと思う。

 兄嫁たちも孫たちもしっかりなついているのに、それでもお嫁さんの産んだ子どもでは満足できないものなのか?その辺の心情が私にはまだ理解できないが、祖母というのもなかなか複雑なようだ。

 そして出産を急かす理由はもうひとつある。

 兄嫁たちはもちろん産後の手伝いを実の母親に頼ったし、母にとって娘は私ひとりだけだから、私が結婚して子どもを産まないと、生まれたばかりの孫の世話は経験できない。


「出産後1か月くらいは体を休めてなきゃいけないでしょ?家事と赤ちゃんのお世話をしようと思ったら体力がいるのよ。お母さんだって歳を取るんですからね、元気なうちじゃないと助けてあげられないの」


 確かに私が歳を取った分、両親も歳を取った。今はまだ元気が有り余って口も達者だけど、いずれは私たち子どもが老後の面倒を見る日が来るだろう。

 一瞬、幼児と乳飲み子を抱えて親の介護をする、白髪混じりの自分の姿が脳裏をよぎった。笑えない未来を想像してしまい、思わず身震いする。


「そんなわけで電話でも言ったけど、お母さんの知り合いがお見合いのお世話をしてるんだけどね……」


 これは非常にまずい展開だ。押しの強い母のことだから、このまま私を言いくるめて首を縦に振らせる気なのだろう。

 今からお見合い写真を撮りに行こうとでも言い出しそうな勢いの母をなんとかなだめるためにも、結婚の予定はなくても、相手がいそうな雰囲気だけは出しておいた方が良さそうだ。

 母の言葉を右から左へ聞き流しながら、頭をフル回転させて言い訳を考える。


「私も結婚とか将来のこと考えてないわけじゃないよ。だけど私が一人で決められることでもないし、仕事のこととかタイミングもあるから、なかなかね……」

「あんただっていつまでも若くはないんだからね。付き合ってる人がいるなら今後のことをちゃんと話し合って、一度家に連れてきて紹介しなさい」

「うん……そのうち……」


 久しぶりに泊まって帰ろうかと思ったが、これでは私の身がもたない。

 タイミング良く遊びに来た兄家族のおかげでなんとか母の小言を逃れ、ちゃっかり夕飯だけいただいて早々に実家を出た。




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