暗中模索⑤

『これでいとこの女の子の中で独身は志織だけになるわねぇ……』


 非常に痛いところを突かれてしまった。

 父方と母方両方の身内の中で、女の子は私を含めて6人いるけれど、私より年齢が上か下かは関係なく私と珠理以外はみんな結婚して子供がいる。

 珠理はまだまだ若いから当分結婚はしないと思って安心していたのに、私が独身最後の一人になってしまうとは。

 今時30歳で独身なんて珍しくもなんともないけれど、母親に心配そうにしみじみ言われると、なかなかつらいものがある。


『誰かいい人はいないの?あんただって来年は30になるんだし、いつまでも独身ってわけにもいかないでしょう。もし付き合ってる人がいるなら今度連れてきなさい』


 今の状態ではとてもじゃないけど、両親に胸を張って護を紹介することなんてできない。

 マシンガンのように攻撃する口を休めない母に対して返す言葉が見当たらず、カラカラに渇いた喉を潤そうと無言でコーヒーを流し込む。


『いないなら今流行はやりの婚活とかいうのやってみれば?結婚相談所とかお見合いパーティーとかあるんでしょ?なんなら知り合いにお見合いの世話してる人がいるから頼んであげるわ』


 これはかなりまずい状況だ。無理にでも話を切り上げなくては。


「あの……もう昼休み終わっちゃうから、そろそろ切るね」

『お見合いのことは真剣に考えときなさいよ!ちゃんと話したいから近いうちに一度帰ってきなさい』


 やっとの思いで電話を切って時計を見ると、あと10分足らずで昼休みが終わろうとしていた。

 さっきまではなんともなかったはずなのに、母のせいで手に妙な汗をかいてしまい、カラになったコーヒーのカップをゴミ箱に捨て、慌てて化粧室へ駆け込む。

 女子トイレの洗面台で手を洗っていると、間仕切りの向こうのパウダールームから女子社員の話し声が聞こえてきた。


「そろそろ結婚したいなーってそれとなく彼氏に言ったんだけど、もうちょっと収入が増えて、安定した生活ができるくらいになるまで、結婚は考えられないって言われたんだよねえ」


 なんだかやけに生々しい話だ。

 聞いてはいけないような気もするけれど、こちらに聞く気はなくてもハッキリと聞こえてくるのでどうしようもない。


「えーっ、2年も付き合っててそれはないわー!30手前でそんなこと言ってる男は、いくつになっても結婚なんかできないって!できないっていうか、むしろ結婚する気がないんだよ!」

「やっぱりそう思う?もう27だしさぁ、30までに子供も欲しいし、結婚する気がないならこれ以上付き合っても時間の無駄かなーって。もっと結婚に前向きな男探そうかなぁ」


 私なんか29で、3年も付き合ってきた彼氏に浮気されても、まだあきらめきれずにいるんだけどね……。

 ハンカチで手を拭きながら、思わず心の中でそうぼやいて化粧室を出た。



 オフィスに戻って午後の仕事の手順を確認しながら、母との電話の内容やさっき化粧室で聞いた会話を思い出す。

 千絵ちゃんは就職してからずっと仕事一筋で、女性ながら30歳の若さで課長にまで昇進して『一生独身でもかまわない』と言っていた。

 だけど35歳の時、祖父の法事で親族一同が集まっているところに、付き合ってまだ3か月ほどの7つも歳下のイケメンを連れてきて『この人と結婚する』と言った。

 本当に突然のことで親族一同が呆気にとられたけれど、その翌日にはさっさと入籍を済ませた。

 その翌年には長女の涼香スズカ、その翌年には長男のツヨシが生まれ、今回は41歳にして次男を出産したのだから、夫婦円満で3人の子宝にも恵まれたこの結婚は、付き合った期間も歳の差も関係なく大成功だったのだろう。

 男も女も、いくつであっても結婚を決めるにはそれなりの覚悟がいると思う。


 護と結婚して、子供を産んで、一生添い遂げる覚悟が私にはあるだろうか?





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る