暗中模索④

 昼休みに社員食堂で昼食を済ませ、自販機コーナーでコーヒーを買ってオフィスに戻ろうとすると、ポケットの中でスマホが震えた。

 ポケットからスマホを取り出して画面を見ると【実家】と表示されている。昼休みに電話なんて珍しい。

 何か急ぎの用でもあるのかなと思いながら、休憩スペースのテーブルの上にコーヒーを置いて、通話ボタンをタップした。


『志織?母さんだけど元気にしてる?あんた全然連絡寄越さないけど仕事忙しいの?』


 こちらが「もしもし」と言う前に、せっかちな母が喰い気味に話し始めるのはいつものことだ。


「まぁ、それなりに忙しいけど普通に元気」


 精神的にはあまり元気ではないけれど、余計なことを言うと根掘り葉掘りマシンガンのように問い詰められてしまう。周りには他の社員もいることだし、ここは当たり障りなくさらっと流すのが一番だろう。

 母はお隣の奥さんからもらった旅行のお土産が美味しかったとか、自分もたまには仲良しの女友達と温泉に行きたいとか、こちらにとってはどうでもいいことを話している。一応相槌は適当に打つけれど、放っておくと軽く1時間は喋り続けそうな勢いだ。

 こんな話のためにわざわざ電話などしてこないはずだし、時間もあまりないので、とりあえず用件だけ聞いておこうと母の話が途切れるわずかな瞬間を狙う。


「ところで昼間に電話なんて珍しいけど、何か急ぎの用でもあった?」


 さりげなく本題に入ることを促すと、母は本来の目的を思い出したらしく『ああ、そうだったわ』とのたまった。自分から電話をしてきたくせに、案の定忘れていたようだ。

 これが葉月なら『忘れとったんかい!』と激しく突っ込むに違いない。


佳世子カヨコ姉ちゃんから今朝電話もらってね、千絵チエちゃん、無事に赤ちゃん生まれたってよ。男の子でね、母子ともに元気だって』

「わぁ、そうなんだ。良かったぁ」


 佳世子姉ちゃんというのは母の姉、つまり私の伯母にあたる人だ。その娘の千絵ちゃんは子供の頃から今に至るまでずっと、ひとまわりも歳が離れたいとこの私を妹のように可愛がってくれている。


『それでね、千絵ちゃんが早く志織に赤ちゃんを見せたいって言ってるんだって。ちょうど休みだし、明日か明後日にでも病院に行って抱かせてもらえば?』

「出産したばかりで疲れてるのに行っても大丈夫かな?」

『病院にいる間の方がゆっくり休めるの、赤ちゃんの世話だけでいいんだから。いくら産後の面倒を母親が見てくれるって言ったって、家に帰れば上の子たちが二人もいるんだから、赤ちゃんだけってわけにはいかないでしょ?おまけにまだ二人とも小さいし大変よ』


 なるほど、そういうものなのか。

 さすが経験者の言葉には説得力がある。きっと母も私を産んで家に帰った後は、兄二人と私の世話に手を焼いたのだろう。


『お祝いはまた落ち着いてからでいいから、とりあえず顔見に行っておいで』


 今夜は護と会う約束をしているから明日は行けなくても、明後日なら行けるかも知れない。


「じゃあ……できるだけこの土日の間に行くようにする」


 大事な用件は聞いたことだし、なんとか昼休み中に電話を終えられるとホッとしたのも束の間、母はまた何を思い出したのか『ああ、それと』と呟いた。

 今度はなんだろう?できれば話は手短にお願いしたい。


珠理ジュリちゃんが結婚するんだって。結婚式の招待状が来てるよ』

「えっ、珠理が結婚?!」


 珠理は父の末弟の末娘で、この春高校を卒業したばかりの18歳だ。私よりも10歳も歳下の珠理が、まさかアラサーの私を差し置いて結婚するなんて!

 いや、私のことはこっちに置いといたとしても、十代で結婚なんてあまりにも早すぎやしないか?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る