暗中模索②
「それでは佐野主任、早速ですけど……橋口先輩と今日の夜に会う約束をしてください」
眼鏡を押し上げながらそう言うと、さっきのやわらかい笑顔が一転して、いつも通りのクールな瀧内くんに戻った。まるで別人のようだ。
「えっ?今から?」
「当然です。取り返したいんですよね?金曜の夜ですからね。早めに連絡して約束しないと、また今日も奥田さんのところに行っちゃいますよ。さ、スマホ出して」
「う……うん……」
まさかこんなにすぐに行動に移るとは思っていなかったので、かなりうろたえながらバッグを探り、瀧内くんに言われた通りスマホを取り出す。
急かされながらトークアプリを開き、メッセージを作成しようとして手を止めた。
あれ?私っていつも、護になんて言って会う約束していたんだっけ?
そういえば私からはあまり会いたいと言ったことがなかったような気がする。その分、護の方から会おうと言って会いに来てくれていたということなのだろう。最近はまったく連絡がなかったのになぜそれに気付かなかったのか、自分でも不思議だと思う。
悩みながらなんとか作成したメッセージを読み返して、本当にこれでいいのかと思わず首をかしげた。
「できましたか?」
「こんなもんかな……」
【今夜空いてる?久しぶりに会いたい】
私の打った短い文章を見て瀧内くんもおもむろに首をかしげた。
「なんかこう……全体的に可愛いげがないですね」
「そんなにはっきり言わなくたって……」
そこは人に言われるまでもなく、私自身が一番気にしている欠点だと思う。だから若い女と浮気されるんだとか思われてたりして……と思うのは被害妄想だろうか?
「文面にもう少し可愛らしさを出してください」
「可愛らしさって……」
そんな難しいことを簡単に言わないで欲しい。
可愛いげがないのはじゅうぶん自覚しているつもりだし、そもそも可愛いらしさなんてどうすれば出せるのか教えてほしいくらいだ。
「可愛らしさを出せって言われてもよくわからないんだけど……どうすればいいのか具体的に教えてくれる?」
「もっと橋口先輩をひきつけるような……例えば好きな料理を作って待ってるとか、一緒に行きたい所があるとか……」
簡単に可愛いらしさは出せないけれど、私は護の味の好みや苦手な食べ物も知っているし、護の好きな料理を作ることに関してだけは他の人に勝つ自信がある。
だから『タダメシ担当の女』と思われているのかも……という複雑な気持ちにならなくもないけれど、これより他に護を喜ばせる方法が思い付かないのだからどうしようもない。
「じゃあ……護の好きな料理でも作ることにする……」
【会いたいなってずっと思ってるんだけど……
最近全然連絡くれないね。仕事忙しいの?
今日は一緒に晩ごはん食べようよ。
護の好きな料理作って待ってるから】
うう……なんか恥ずかしくなってきた。
こんなメッセージ、普段は絶対に送らないのに。
「こんなもんでどうでしょうか……」
スマホの画面を見せると瀧内くんは小さくうなずいた。
「まぁ、さっきより少しは良くなったんじゃないですか。早速送ってください」
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