目撃証言⑤
「いい考えやと思ったんやけどなぁ……。瀧内がそこまでイヤなんやったら無理かぁ」
葉月がその提案を取り下げると、心底ホッとしたのか瀧内くんの表情が幾分か和らいだ。
瀧内くんでもこんなに感情が顔に出ることがあるとは知らなかった。とても珍しいものを見た気がする。
「せやったら……志織と瀧内が付き合うっていうのはどうやろう?」
「は……?」
葉月の唐突な言葉に耳を疑い、私と瀧内くんは一瞬お互いの顔を見合わせた後、一斉に葉月の方を見た。
「どうして僕と佐野主任が……」
「そうだよ、葉月!それはちょっと……」
「橋口は志織と結婚したいって言いながら奥田にのめり込んでるわけやろ?志織が橋口を捨てて、瀧内が奥田を振って、そんで二人が付き合ったらさらにダメージ大きいと思わへんか?」
いやいや、ちょっと待て。
私と瀧内くんが付き合うなんて……控えめに言って、かなり不自然だと思う。瀧内くんも私と同じように、納得いかないと言いたそうな顔をしている。
「瀧内、志織のことは生理的に受け付けんってことはないやろ?」
「それはないですけど……佐野主任には僕なんかより歳上の男性の方がお似合いだと……。そうだ、三島課長なんてどうです?大人のカップルって感じで説得力もありますよ」
そこでなぜ三島課長が出てくるのか?まさかこんなことで自分の名前が挙げられているなんて、三島課長は思いもしないだろう。
だけど今度は葉月が瀧内くんの提案に納得がいかないようだ。
「橋口はプライド高いねん。上司より後輩に彼女をとられた方がショックに決まってる。奥田も自分のセフレの彼女に好きな男取られたらめっちゃ悔しがるで!だから二人で仲良うしてるとこ、橋口と奥田に見せつけたれ!」
葉月がまくし立てるようにそう言うと、瀧内くんは不服そうに顔をしかめた。
「そのためだけに、僕に佐野主任と付き合えということですか?」
「商品管理部で世話になった上司のために一肌脱いだれ、瀧内!ホンマに付き合うのが無理やったら、付き合ってるふりだけでもええ!」
ああもう、何がなんだかよくわからない方向に話が進んでいるじゃないか!葉月は相当酔っているのか?
「あっ、そうや。瀧内がしれっとした顔で『奥田さんからしつこく言い寄られて困ってるんです』って橋口に相談するのはどうやろう?」
なんてこった、葉月はノリノリで嘘のシナリオを考え始めている。
「そんで『でも僕は志織と結婚するつもりだから』とか言うたら、橋口めちゃめちゃびっくりするんちゃう?」
なんだその安っぽい昼ドラみたいな台詞は。
いくら芝居でも、瀧内くんがそんなことを言うとは思えない。
「なんで僕がそんなことしなきゃいけないのかよくわからないんですけど……」
「ごめんね、葉月かなり酔ってるから気にしないで」
葉月も酔っていることだし、瀧内くんにこれ以上無理を言うのは申し訳ないからそろそろお開きにしようと言いかけた時、瀧内くんがゆっくりと眼鏡を外して口を開いた。
「まぁでも……協力ならしてもいいですよ」
「うん、そうだよね、協力なら……え?」
今のはなんの聞き間違いかと耳を疑い、思わず何度も瞬きをした。
瀧内くんはポケットから取り出したハンカチでレンズを拭きながら、うっすらと笑みを浮かべている。
「本当に付き合うことはできませんけど……協力くらいならしますよ」
「協力……?」
「ちょっとおもしろそうですよね。橋口先輩と奥田さんに痛い目見せるんでしょ?」
笑っているのにひどく冷たい、今までに見たことのない瀧内くんの表情に、一瞬背筋に冷たいものが走った気がして、息を飲み無言でうなずく。
「いいと思いますよ。佐野主任は裏切られて傷付いたんだから、仕返ししてやるのは当然ですよね」
「仕返し……」
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