目撃証言⑥
ただ単純に『護が好きだから別れたくない』と思っていたけれど、このまま何も見なかったふりをして護との関係を続けても、好きだからこそ私だけがつらい思いをするんじゃないか。
護の浮気を責めもせず、言いたいことを無理に飲み込んでまで許す必要はあるだろうか?
バレなければ私との関係も浮気も続けるつもりでいるのならなおさら、少々お灸を据えてやる必要がある。
「ただ、やるなら徹底的にやらなきゃダメですからね。生半可な気持ちでやったって、すべてが中途半端になって失敗するだけですよ」
「そうだね……徹底的にね……」
瀧内くんがどことなく楽しそうに見えるのは、気のせいなんかじゃないと思う。いつもはクールな切れ長の目が、キレイに拭かれたレンズ越しに笑っている。
もしかして、護か奥田さんに対して個人的に恨みでもあるんだろうか。
瀧内くんって敵にまわすと怖い相手なのかも知れないなどと思いながらビールを飲んでいると、葉月がすごい勢いでビールを飲み干して、私の背中をバシンと叩いた。その拍子に私は思いっきりビールを吹き出してしまい、慌てておしぼりで口の周りを拭う。
「ちょっ……痛いよ、葉月!!」
「志織、瀧内の言う通りやで!いっそのこと別れる覚悟で……いや、ちゃうな。橋口みたいな浮気モン、捨てるつもりでガッツリ仕返ししたれ!私も協力する!」
「う……うん……」
酔った葉月の気迫に押されて思わずうなずくと、瀧内くんはハッキリとわかるくらいに口元に笑みを浮かべて、スーツのポケットからスマホを取り出した。
「じゃあ次は作戦会議ですね。でも今日はもう遅いので、連絡先だけ交換して解散しましょう」
瀧内くんがどうするつもりなのかはわからないし、果たしてうまくいくかはわからないけれど、どちらにしても護と別れる覚悟だけはしておいた方が良さそうだ。
その後、居酒屋からの帰りに駅で瀧内くんと別れ、一人になってからベッドに入って眠りに落ちるまで、いろいろ考えた。
護は私のことはもう好きじゃないのかなとか、歳上で可愛いげのない私を捨てて若くて可愛い奥田さんに乗り換える気なのかなとか、悪いことばかりが頭をよぎった。
私が浮気をやめてと頼んだら、やめてくれるだろうか。やめるどころか、『だったら別れる』とあっさり言われたら?
どうするのが私たちにとって一番いいのか、どうすれば波風を立てず事無きを得るのか。
だけど、このまま気付かないふりをしてやり過ごせば必ず護と幸せになれると、胸を張って言えるだろうか?
目を閉じると、テレビで見たドラマのシーンを思い出すように、会議室で護と奥田さんが抱き合ってキスをする姿が頭の中に何度もくりかえされた。それはいくら打ち消そうとしても消えてはくれず、息が詰まるほど胸が苦しくて、ただ止めどなく涙が溢れた。
みんなと一緒にいるときは、自分はあまりショックを受けていないのかも知れないと思っていたけれど、一人になると一気に感情が込み上げて、嫌でも現実を現実として受け止めるほかなかった。
あんな場面を目撃してしまったのだから、護に愛されている自信など持てるわけがない。私がどんなに必死になったところで、護は変わらないのかも知れない。
平気で浮気なんかするくらいだから、このまま付き合っていてもこの先何度もこんな思いをする可能性だってある。それなのにやっぱり護が好きだから別れたくない。もう一度、私だけを見て好きだと言って欲しい。
少しでも望みがあるのなら、護を取り返すためにあがいてみるべきだろうか。それとも本当に別れる覚悟で護に仕返しするべきなのか。
私と護の問題に元部下の瀧内くんを捲き込むなんて、冷静に考えてみると自分でも馬鹿げたことをしているなと思うけれど、今は何かしら心の拠り所がなければまっすぐに立っているのもつらい。
だから私はもう少しだけ、私を好きだと言ってくれた護を信じたい。
真夜中になりようやく眠りの淵に落ちる頃、付き合い始めたあの頃と同じように優しく笑う護の顔が脳裏に浮かんだ。
そして私は薄れていく意識の中で、本当はきっと護を好きになった自分自身を信じたいんだと思った。
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