浮気現場目撃②

 手に握りしめていたメモを思わず床に叩きつけそうになった時、そういえばいつの頃からか以前ほど頻繁には会わなくなったことや、護からあまり求められなくなったことに気付く。

 会わないかと連絡しても、残業や先輩たちとの付き合いがあると言って断られたこともあった。

 そうかと思えば約束をしていない日の夜遅くに突然家に来て、食事をしたらすぐに帰るということが何日か続いたこともたびたびあった。

 それでも護の態度はいつも通りだからそんなことは気にも留めなかったけど、よく考えてみれば突然うちに来るのは決まって給料日前だった気がする。


 最近は会う約束をしても、仕事のあと私の家でテレビを見ながら私の作った晩御飯を食べて、食後のお茶を飲みながら他愛ない話をして帰って行くのが当たり前。

 別れ際に二人で過ごす時間が終わるのを惜しむようなことも、離れがたくて衝動的に泊まったり、抱き合った余韻を楽しみながら朝まで寄り添って眠るなんてこともなくなった。

 休みの日は何かと理由をつけて会わなかったり、会っても土曜のお昼前に私のうちに来て昼御飯を食べて昼寝をして、夕方になると「明日は友達と会うから」と言って帰ってしまうこともある。


 ……なんだ、それってつまり……護が私に求めたのは奥田さんとの逢引きの合間のタダメシだけだったということ?

 それとも何か?

 浮気しても俺の帰る場所はおまえだけだよ、って?

 馬鹿にするにもほどがある。


 恋人の浮気現場を目撃して平常心でいられる人なんてきっといない。

 私にだって女としてのプライドくらいはあるし、まだ実感はないけれど信じていた恋人に裏切られたら傷つきもする。

 何も見なかったことにして今まで通り付き合っていけるほど強靭な精神など持ち合わせてはいない。

 それでもあっさり別れてやるのは悔しいし、浮気には気付いていないふりをして物分かりも都合もいい女を演じるなんて、私の女としてのプライドが許さない。二人を見返してやるいい方法はないものか。

 しかし今は仕事中だ。余計なことを考えている暇はない。

 とりあえず大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせたら、さっきのは見なかったふりをして、必要な資料を持って商品管理部のオフィスに戻ることにしよう。



 私がオフィスに戻ると、何事もなかったかのようにパソコンに向かっていた奥田さんが振り返った。


「佐野主任、ちょっといいですか?ここの数字が合わないんですけど」


 奥田さんの席に近付きパソコンの画面を覗き込むと、ほんの微かに護の愛用しているコロンの香りがした。さっきの光景が夢でも幻でもなかったことを突きつけられたような気がして、一瞬、彼女を張り倒してやりたい衝動に駆られる。

 しかしここでそんなことをしたら、私の方がこの職場には居られなくなってしまう。沸き上がる衝動をグッと抑え、平静を装ってパソコンの画面に視線と意識を向けた。


「ああ……それ修正前のデータじゃない?新しいデータはこっちのファイルに入ってるから」

「そうなんですね。わかりました」


 なかなかの図太い神経の持ち主だ。

 さっきまで仕事サボって私の彼氏と抱き合ってキスしてたくせに。

 護に付き合っている彼女がいると知っていながら関係を持っているわけだから、神経が図太いのは当然と言えば当然か。

 護の彼女が自分の上司の佐野 志織サノ シオリだと知っているかどうかはわからないけれど、もし知っていて関係を持っているとすれば、私に対してこれ以上の侮辱はないと思う。


 それにしても二人とも会社でよくやるよ。

 誰かに見られて社内で噂になったらどうするつもりなんだろう。

 いっそのこと、言い逃れできないように重役にでも見られちゃえばいいのに。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る