浮気現場目撃③
1時間ほど残業をして今日の仕事を終えた。
護はどうせ今頃、鼻の下を伸ばして奥田さんの部屋に行って猿みたいに
とにかく無性に飲みたい気分だ。飲まなきゃやっていられない。だけど木曜のこんな時間にいきなり連絡しても、どうせ誰もつかまらないだろう。
入社7年目の29歳にもなると、学生時代に仲の良かった友人たちもどんどん結婚して子どもが生まれ、夜はおろか休日の昼間でさえも、前もって約束していないと会うことすらできなくなった。
結婚を機に仕事をやめて家庭に入り、夫と小さな子どもの世話に奔走する毎日を送っている友人たちとたまに会うと、夫と姑の愚痴や子育ての苦悩と喜びを延々と聞かされる。
そんな話を散々聞かせておいて別れ際には必ずと言っていいほど、独身で会社勤めをしている私のことが気楽で羨ましいとか「もういい歳なんだから早く結婚したら?」と言う。
誰に言われなくても私だって一生独身で仕事に生きるつもりではなく、そろそろ結婚したいとも思うし、いずれは子どもだって欲しい。
その相手はきっと護なんだとなんの疑いもなく信じていたのに、まさかこんな形で裏切られるなんて思ってもみなかった。
昼間に見た光景がまた脳裏をよぎり、胸に広がるモヤモヤを吐き出すように大きなため息をつく。
独身であることや彼氏に浮気されていたことを、心の中でいくらぼやいてもどうにもならない。やけ酒に付き合ってくれる相手もいないし、コンビニにでも寄って酒を調達して、家に帰って一人寂しく飲むしかなさそうだ。
オフィスを出てエレベーターホールに向かう途中で後ろから肩を叩かれた。振り返るとそこにいたのは営業部で事務をしている同期の
入社してからの3年半は私も葉月と一緒に営業部で事務をしていた。同期の中でも特に気が合う葉月とは、営業部にいた頃はもちろん、私が商品管理部に異動になった後も一番仲の良い同僚で、社内で唯一の気の置けない友人だ。
「志織、お疲れさん」
「お疲れ様。葉月も今帰り?」
「うん。今週は残業続きでしんどいわぁ。明日まで頑張ればやっと休みやなぁ」
大阪出身の葉月は地元を離れて随分経った今も、普段会話する時は関西弁で話す。
スラッと背が高くスタイルも抜群で顔立ちの整った美人なのに、口を開くと芸人顔負けのキレの良いしゃべりを炸裂させるので、そのギャップに誰もが驚く。
エレベーターに乗って扉が閉まると、葉月はニヤッと笑いながら右手でグラスを傾ける仕草をした。葉月が「飲みに行こう」と誘うときにする、少しオジサンくさいいつもの仕草だ。
「なぁ志織、久しぶりに軽く一杯飲みに行かへん?」
「行く行く!ちょうど飲みたい気分だったの!」
今夜は部屋で一人寂しくやけ酒だと思っていたこのタイミングで、偶然葉月と会って一緒に飲みに行けるなんて本当にツイてる。情報網の広い葉月のことだから、私が知らない営業部での護の話を聞き出せるかも知れない。
会社を出て近くの居酒屋に足を運ぶと奥の方のテーブル席に案内され、チューハイといくつかの料理を注文した。とりあえず乾杯をして、仕事の話をしながらお通しの枝豆をあてにチューハイを飲んだ。
今日営業部であった葉月と護との何気ないやり取りの話を聞いているうちに、護はなに食わぬ顔で仕事をしながら裏ではあんなことをしているのだと、また言い様もない嫌悪感と苛立ちが込み上げてくる。
そして注文した料理が運ばれてくると、これでもかと言わんばかりにガツガツ頬張って、苛立ちと一緒にチューハイで一気に流し込んだ。
すごい勢いで食べてジョッキのチューハイをグイグイ煽る私を、葉月は不思議そうに見ている。
「なぁ志織……なんか荒れてへん?飲みたい気分とか言うてたし……」
「うん……ちょっと……っていうかかなり」
「仕事のことか?」
私が首を横に振ると、葉月は少し首をかしげてから「ああ」と呟いた。
「じゃあ彼氏のこと?」
「うん……」
社内恋愛は禁止されていないけれど、あまりいい顔をしない人やプライベートを根掘り葉掘り聞きたがる人もいるので、仕事に支障をきたすことを避けるため、私たちは付き合っていることを公にはしていない。
そんな中で葉月は、私が護と付き合っていることを打ち明けた社内で唯一の人間だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます