社内恋愛狂想曲
櫻井 音衣
浮気現場目撃①
午後の仕事が始まり一時間ほど経った頃、必要な資料を探しに資料室に向かう途中で、わずかに開いていたドアの隙間からそれを目撃してしまった私は、絶句して目を見開き立ち尽くした。
昼下がりの会議室では、若い男女が抱き合ってキスを交わしている。
男が慣れた手つきで女の華奢な腰を抱き寄せた。 その様子から、二人の親密な関係が昨日や今日に始まったものではないことは明らかだ。
「今日も仕事の後、家に行っていい?」
「んー、いいけどー……最近毎日だよ?彼女のこと、ずっとほったらかしにしてていいの?」
女は胸元に這わされた手に特に抵抗する様子もなく、妖しげな笑みを浮かべた。
「いいのいいの、あいつ全然気付いてないから」
男はそう答えると女の体の曲線に手を這わせながら貪るように激しいキスを繰り返し、女は時おり吐息混じりの甘い声を小さく漏らして、恍惚の表情でそれを受け入れている。
待て待て、ちょっと待て。
二人ともここは会社だってわかってる?!
しかも就業時間内なんだけど!
私が目の前で繰り広げられる光景に戸惑い、混乱する頭の中で精一杯のツッコミを入れていると、女は重ねられた唇を離して男をじっと見上げた。
「彼女のこと、好きじゃないの?」
女からの思わぬ問い掛けに、男は少し驚いた様子で幾度か瞬きをした。
「いや、好きだけど? 」
「じゃあ彼女とすればいいのに」
そう言われると男はほんの少し考えるそぶりを見せた後、まわしていた手に力を込めて、女の腰を更に引き寄せた。
「それはそれ。でもこっちはマミちゃんとする方が気持ちいいから好き」
「ひどーい、そんなこと言ったら彼女がかわいそう」
おかしそうにクスクス笑う女は、勝ち誇ったように見えこそすれ、かわいそうなんて思っているようにはとても見えない。
「マミちゃん以上に体の相性がいい子はいないんだからしょうがないじゃん。なんなら今から確かめる?」
「ふふ……残念だけど、そろそろ戻らなきゃ。続きはまた夜にしよ。ね?」
「わかった、じゃあもう少しだけ……」
私に見られていることにまったく気付いていない二人は、再び唇を重ね濃厚なキスをしはじめた。
現実とは信じがたい光景を目の当たりにしてしまい、しばし呆然として立ちすくんでいた私は、手に持っていたメモを床に落として我に返り、慌ててそれを拾い上げると足音を立てないように急いでその場を離れた。
足早に資料室へ向かいながら、手の中のメモをグシャッと握りしめる。
……なんなの、あれ?
官能小説やアダルトビデオじゃあるまいし、いい大人が真っ昼間から職場であんなことをするなんて信じられない!
しかもあんなことしておきながら恋人同士でもない……と言うか……さっきの二人、どう見ても私の部下と彼氏ですよね?
一体どうなってるんだ!
憤りながら勢いよく資料室に駆け込み、とりあえず散らかった頭の中を整理しようと、大きく深呼吸をした。
キスしていた女は私の部下で、商品管理部の
今時の女性誌の特集に出てきそうな『オシャレ女子』とか『愛され女子』といった感じの、根拠のない自信に溢れた入社2年目の24歳。
そして男は営業部の
背が高く女性受けする顔立ちで、社内でも取引先の会社でも女子社員から注目を浴びる入社5年目の27歳。
護は私と3年も付き合っていながら、私の部下の奥田さんと肉体関係を持っているらしい。
それで私のことは好きだけど、セックスは私より彼女とした方が気持ちいいから好きだって?!
なんじゃそれ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます