第8話 得心行かぬ者たち
アランとキースは密談を終え、互いに近況報告を行なった。軍内での派閥争いがなんだのかんだのといった他愛もない話でしか無かったが、これが思ったよりも複雑な話でもある。
曰く、アランを錦の御旗に据えて軍内での待遇に実力主義を求める右翼と、逆にアランを否定し、正当な血統に価値を定める旧血統主義派の左翼に分かれ、対立が起こっているというものだった。
現状、軍属の神兵にはそれぞれ給金が入ってくるのだが、身分差によって金額に差が発生している節がある。
勿論、
理由はやはり、上位の
貴族たちが掲げる血統至上主義は、厄介なことに一抹の真理でもあったりする。彼らが貴族であるのは、やはり財を持つことを許されるほどに実力があるからなのだ。
武力でも知力でも、いかなる範疇であっても、彼らは官職に任命されるほどに実力があるのである。
そんな彼らであるからこそ、やはり実績を積み、高い地位を獲得することもよくある話であるため、上層部に行けばいくほど、貴族の割合は比例して増えていくのだ。
その結果、軍の意思は貴族派の思想に寄っていってしまう。この思想を否定したいのが、右翼派なのだ。
勿論、右翼にも貴族はいる。高い実力で信用を勝ち得て爵位を認められた下級貴族たちは、実力があるため右翼の思想に賛成なのだ。
しかし、やはり左翼の高い爵位を持つものたちが甘い蜜をみすみす手放す筈もなく、現状が発生している、という訳である。
「心底くだらない話だな」
「それで生活かかっている人だっているんっス。というか右翼のほとんどは平民上がりの神兵達っスから、大体そういうことっスね」
当のアランとしては、そもそも火種にされているというのは、左翼から余計に自身に不満が募る。やめてほしいことこの上ない。
というか右翼と左翼の対立が、アランの状況をより芳しくなくしているのだから、個人的にはやめてほしい話であった。
「ま、こればっかりは仕方ないっスよ。アランさんは、掲げるに相応しい絶対の実力者なんスから、必然の流れっス。なにせ《威天》の異名は、神兵なら知らぬものはいないと言えるほどの悪名っスから」
「悪名ってか、威名だろ、ほぼ。強すぎて噂に脚色が加わって広まった、って感じだ」
思わずため息を溢すアラン。なにせ本人の知らぬところで広まっていった名だ。アランの正体を知る者は少ないが、《威天》の名だけは恐ろしいほどに周知されている。
故にその名に携わる偶像は、紛れもなく魔王のような存在。恐怖が前提にあるような、強大な悪鬼を想像するものも多いという。
しかし別段、修羅の如き強さを持っていることは大差ないため、一概に否定できるわけでもないのだが。
「ま、何だ。掲げるのは勝手だが、やはり実力不足なのは否めないな。それだけは気に食わん」
「担ぎ上げられることは拒絶しないんスね」
「もう慣れた。結局のところ、俺が左翼から嫌われてるのは相変わらずのままだからな」
ある種悟ったような憂いに満ちた表情を浮かべるアランに、キースは何とも返す言葉が浮かばなく、ただ苦笑する他なかった。
ふと、アランがチラリと腕時計を確認すると、徐に立ち上がり、コートを整え出した。それを見たキースも同様に立ち上がり、アランを見送るべく格好を整える。
木製の扉を開けば、そこには誰もいなかった。キースの秘書が残っているとばかり思っていたアランが面食らっていると、キースも同様に首を傾げる。
「あれ、キャルちゃんどこに行ったんだ?」
「ちゃん、って……。部下を可愛がるのは別に構わんが、職務に支障をきたすんじゃないぞ」
「そんな事はしないっスよ。でもおかしいなと思って。あの子、仕事にはかなり真摯なタイプっスから、近くで待機しているものだとばかり……」
普段の彼女を知るキースから見ても、今回の彼女の行動は不審なようである。
嫌な予感がしながらも、アランはキースを連れて、馬房の外へと向かっていった。
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大変残念なことに、その予感は当たってしまっていた。
馬房の外へとでれば、キースの秘書、キャルと、その他数名の新兵がいた。胸元に誇らしげに括られた位階章を見れば、
あまり穏やかではない様子に、アランが口を出すよりも前にキースが口火をきる。
「何人も揃って何をしようとしているんスか。その態度は元上官に向けるものではない。立派な軍記違反っスよ」
「違反など結構です。私たちは貴方が崇敬するその男が如何なる実力を持っているのかを知りたいだけ。《威天》の名の真の力を、どうか若輩のために見せてはくれないか?」
キースの咎めの言葉を無視し、あの時の男がアランに指先を突きつける。帯剣し、軍用戦闘衣を着用していることから、本気で口にしているのだと理解できた。
しかし、それだけでは説明のつかない存在も混じっている。キースはキャルにも目を向けると、訴えるように口に出す。
「キャルちゃんも。変なことしてなくていいから、危ないことはやめておくべきっス」
「キース七等神兵閣下。私は確かにあなたの秘書として職務についていますが、本職はあくまでも戦闘を専門とする帝国軍の神兵。かつて最強の名を
キャルは当然のようにそう口にした。彼女にはアランについて詳しく説明があったわけではないが、大方同伴する彼らに聞いたのだろうと予想はつく。
キースは冷や汗を流す。アランが仮に相手取るとしても、生涯残る大怪我を与えることはないだろうが、やはりその戦闘技術を知るキースからすれば、手加減で抑えられる差があるのか疑わしい。
それにアランがその気になれば、基地が半壊するのが目に見えている。その場合、監督責任者は間違いなくキースになる。何故なら今日は、生憎
アランの気に触れる前に、何としてでも衝突を止めなければ……。
「アランさん、すいません。コイツらには俺の方から厳しく説教付けとくんで、何卒……」
「——良いぜ?」
「へ?」
アランの返答を信じたくない一心で、そして予想外の返答に思わず驚いて、キースは聞き返してしまった。
首を左右に振れば、パキパキと音を上げる中、アランはその隻眼で彼らを睥睨した。
「良いぜ、その喧嘩買ってやる。若者に現実を教える——成程確かにそれは先立の道理だ」
「え、ちょ、アランさん——」
「ただし、」
キースが聞き返すより素早く、アランが右手を出して三本の指を立てる。
「一つ、俺は剣を抜かない。二つ、俺はお前らに遠距離で攻撃しない。三つ、基地の敷地外まで俺が逃げ切れば俺の勝ち。
——この三つは守ってもらう。それが無ければ俺はその挑戦を受けない。どうだ?」
アランが出した条件は、間違いなく彼らに有利な条件であり、同時にアランが手加減できる限界のラインだった。
その提案に、キースは思わず目を見開く。自身の知るかつてのアランとは、まるで異なる人物像だったのだから。
アランにも育てるべき愛娘がいる。レイナのためにも、アランはしっかりと手加減を覚えていたのだ。
しかし当然、相手側からすればあからさまに手加減されていることが筒抜けだ。自分たちを甘く見ているのか、と憤慨したいところだが、しかしその条件を飲まなければそもそも戦う機会すら存在しない。
アランをこの場に引きずり出せたことをこそ僥倖と捉えるべきだった。
「……いいだろう。その条件で問題ない」
「それでよし。それじゃあ早速始めようか。やるのは鬼ごっこ。お前たちができるあらゆる手段を講じて全力でかかってこい」
まるで他愛もない遊戯に興じるかのように、アランは六人を相手に不敵な笑みを覗かせた。
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