第5話 帝都ユースティヌス

 帝国は、名実ともに強大な国家である。


 大陸最高峰の霊峰を戴く山脈を北部に据え、南西部の平野を中心として広大な面積を誇る最大の国家でもある。

 北東部中域には、アビスの塔楼という旧時代の遺産を残しながらも、多くの遺跡や古代迷宮なども抱え、人々の移動は絶えることがない。

 皇帝と呼ばれる統治者を国家の中心に据え、帝国議会のもとで政治が行われる。しかし皇帝の発言力は強大で、その言葉に、民衆が反対することはできない。

 ただ一方で、皇帝の一族に伝わる数百年来の訓、「愚帝に治められる国はなく、賢帝に従わぬ民は無し」の一言のもとに育つので、歴代皇帝に大規模な反発が起きたことはないという。


 そういった意味でも、帝国は非常に安定した国家だが、中でも飛び抜けて秀でているのは、帝国軍の存在である。


 帝国軍に属する兵士たちは「神兵」と呼ばれ、安定した給金が国家から保障される。列国のどの国よりも、帝国軍の福利厚生は秀でている。

 ただし軍に要求される兵の実力はかなり高く、同じく列国でもトップだ。

 なぜか? それはことと密接に関係する。


 この世界に土着する悪意、魔族。

 人を殺し、獣人を飲み、ドワーフを裂き、エルフを弄ぶ。亜人とも呼ばれる者たちも含んで、魔族は人類を脅かす。

 彼らの王は〈魔王〉と呼ばれ、世界に八体が君臨している。数百年変わらず、東方の多くを支配しているのだ。

 人類は西方に追いやられたが、帝国は人類最東端の国家として、遍く魔族の侵攻を悉く封殺する。それを成し得るだけの戦力こそ、帝国が最強の国家と呼ばれる最大の理由だ。


 そして、帝国の最大の特徴は、仲間に対して寛容であること。

 それはたとえ魔族であっても同義だ。人類に仇なす者を討つのなら、彼らは既に味方となる。人類の国家で唯一、魔族が暮らしている国家でもあるのだ。

 彼らもまた、帝国軍で戦績を収めれば昇級し、最高の地位である級九等クラスナインとしての立場も得ることもできる。現に数人、魔族が級九等クラスナインに数えられている。

 そしてそれが許されるのも、「裏切っても鎮圧できる戦力がある」からだ。

 そんな人類国家として他国とは全く異なる実情を持つのが、帝国である。


 そんな、最高峰の武力を持っていながらも、住宅地は普通に穏やかだ。

 小さめの戸建が乱立する帝都南西部、シュエルダー区は、帝都の中でも比較的地価が安定している場所だ。

 そのため多くの人々がそこに住居を構え、日夜仕事に励む。

 アランもまた、二階建ての戸建てを持った生活力のある男であった。

 穏やかな日差しが道を照らし、整備された石畳の隙間からは、細く背丈の短い草が頭を覗かせる。昼時の住宅街だからこそ、人通りは閑散としているが、朝や夕の通勤時間帯はかなり人通りの激しいものとなる。

 大きめの通りに出れば、次第に道幅も広がっていく。閑散としていた道端にも、優雅に春の日差しを浴びる老人たちが見え始め、歩道もはっきりと確立され始める。

 更に進めば、噴水のある広場が見えるようになる。建物はほとんどなく、街灯が立ち並ぶ程度。だが人通りもぐっ、と増え、車道には馬車が走り出すようになる。

 アランは道端に止まる馬車のもとに寄ると、操縦者と思しき壮年の男が、馬の手入れの手を止めて声をかけた。


「お客さん、どちらまで?」

「シューベルト区、第三駐屯基地まで。門の前まででいい」

「かしこまりました。お支払いは後払いとなりますので、ご確認下さいませ」


 そう言って、男は車体の扉を開いた。慣れた手つきで車内に乗り込むと、男が馬の手綱を取った。

 パシッ、という軽い音とともに、馬が一度嘶く。そして車輪が転がり出す感覚を座面から感じ取った。



 小一時間は経っただろうか。

 火が若干傾き、仄かに赤みを増し出す中、馬車は基地の門付近へと停車した。

 運賃を支払い、手早く降りると、馬車はすぐに帰っていった。

 帝国軍の基地は、通常の帝国民はほとんど近づかない。装甲車両や巨大な空飛ぶ鯨が出入りする場所など、恐怖から近づこうとはしなくなる。触らぬ神になんとやら、だ。

 帝都内には、実に七つの駐屯基地が存在している。そして東部に位置するこの基地こそ、第三駐屯基地である。

 ここは帝都の中でも最も前線に近いため、かなり大規模に兵が割かれている。言わば前線の司令基地。小規模の襲撃なら、ここで作戦の指示が渡る。帝都の中心、皇帝の座す天守府に存在する帝国軍総司令本部の面子よりも、余程数はこなしているため、迅速な対応と多量の経験則から、常駐する神兵たちは非常に洗練されている。

 そして、アランは所用で来る事もしばしばあるため、警備の兵ともよく見知った間柄である。


「「ご無沙汰しておりますっ! アラン・アンバース元九等神兵殿!!」」

「お疲れさん。そんなに畏まらずとも、言う通り『元』神兵だ。それより、キースはいるか?」

「はっ! キース七等神兵は、現在馬房にて作業をしております。お呼びいたしましょうか?」

「いや、構わない。居場所が聞ければそれで十分。後はこっちから向かうよ。お疲れさん」


 アランが額に手を当て、敬礼の姿勢を取る。

 見張りはすぐさま同じ仕草をとり、敬礼を返す。それを見届け、アランは目的の人物のいる馬房へと足を進めた。


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