第6話 第三駐屯基地
帝都第三駐屯基地。
帝都内部の最東端に存在するこの基地は、駐屯基地とは思えないほど頑強に作られている。
ここは確かに帝都内部だが、この基地もまた、多くの現場の指揮を担う最前線である。容易に落とされるような構造などしているはずもなく、それどころか要塞のように三メトラ程の厚い防壁を構え、壁にはオートタレットが百門近く用意されている。非常時以外は壁に格納されているので、存在を知るものは少ない事実だが。
右側からは、軍属の神兵たちの走り込む掛け声が聞こえる。声の後に空気が抜けるような音が聞こえてくるので、長く走っている様子だ。
左を見れば、対魔族用精霊駆動装甲車両の整備が行われる巨大な整備場が存在し、シャッターの奥には現在メンテナンス中の装甲車が六台ほど伺える。全長三十メトラ、車高十二メトラという圧巻の巨躯を見せつけ、鋼の輝きと防御結界の発光とで、日の元に出れば相当な異様だ。
遠くから、鈍い地鳴りのような音が聞こえてくる。絶え間なく三十発、見事な連携を感じられる。恐らくは最近技術課が実用化に成功した
この異様な雰囲気が、民間人が帝国軍を恐れる理由、そして敵の強大さを示している。
これほどの設備をもってしても、規模が拮抗すれば三日で戦線が崩壊するというのだから、魔族というのは余程強敵なのだ。
そしてそんな帝国軍の中でも、頂点と呼ばれるほどの実力を持っていた男こそ、アランであった。
訓練兵用の訓練着でもなく、また軍服でもないアランの恰好は、雪上を駆ける栗鼠のようによく目立つ。
しかし、彼らはアランに気を止めることはない。訓練を疎かにして命の危険を伴うのは自分なのだと理解しているためだ。
緩やかな歩調で、まるで庭を歩くかのように慣れた様子で、アランは目的の馬房へと一直線に向かう。
帝国軍の戦いは、大量の装甲車や遠距離武器を用いた砲撃殲滅が基本的な戦闘スタイルだが、強固な防御力を持った相手や、実体を持たない
そんな場合に対応するのが精霊騎士と呼ばれる超人たち。精霊の力を用いて常人を遥かに上回る身体能力を獲得する者たちの移動の足こそ、馬房にて飼われる
精霊。それはこの世界に平等に恩恵を与える超常の加護。
あらゆる法則は精霊に従い、遍く命は精霊に守護される。普遍にして不変の万物の根源であり、森羅万象の一つの形——などと呼ばれる不可思議な存在だ。
人類や亜人たちは、あらゆる精霊に加護を与えられることで、〈精霊術〉と呼ばれる異能を行使することができる。また精霊たちの発生させる莫大なエネルギーを用いて、多様な技術を編み出す「精霊工学」などと呼ばれる学問も盛んだ。
しかし一方で、魔族に精霊は加護しないという、特殊な法則も存在する。その結果、精霊の加護は崇高なもの、という思想が発生し、精霊術を使えない、あるいは加護が少ない者には、侮蔑と軽蔑が向けられるという実態も持ち合わせる。それが人類と精霊の関係である。
尤も、全く別の強大な力を内包する〈幻霊〉と呼ばれる者もいるが、知られていることは少ない。せいぜい存在する、と言われている程度だ。
そして、精霊工学を用いて改造された軍用生物の一つが、目的の人物、キースが世話する
馬房には、黒色の肌に銀の模様の入った大柄の馬が大量に飼育されていた。
馬房の端には山のように高らかに積み上げられた合成飼料が特徴的な匂いを放ち、しかし床面はよく清掃が施されている。
ここがこの基地の馬房。三百頭の
荒い鼻息は非常に獰猛な野生動物のそれで、長い毛で覆われた尾が一振りする度、空を切る音が辺りに響く。軍用に改造された生物なだけあって気質は非常に荒々しく、肉体の性能も良い。
更に「天を
路面状況も木々や岩などの障害も影響はなく、最短距離で前線へと出撃することができる。
また能力の都合上、空中での騎馬戦も可能であるため、帝国は実質的な対空戦力も持ち合わせている。最近では小型の
そんな帝国軍の主力の一つの管理指揮を、この基地で任されている男こそ、キースという者だった。
室内の空気の循環の為に開け放たれた扉から顔を出せば、それに気付いた一人の作業員がアランの元に駆け寄ってきた。
「失礼、どうかされましたか?」
「んや、キースと話をしにきたんだ。呼んでくれるか?」
すると、職員は明らかに怒りを顔に浮かべ、それでも冷静にアランに問いかける。
「……キース揮官は、『主戦力格』とされる
最後は命令口調であった。
帝国軍では、一から九までの間での位階評価がなされている。
『非常人員』とされる
位階の数字が増えれば、相対的に評価が上昇していく。
キースの持つ
ただし、アランは元
と、どう対応しようかと悩んでいると、奥の方から一人の男が近付いてきた。
ブロンドの髪を首元まで伸ばした蒼眼の美丈夫だ。若々しく鍛え抜かれた強靭な肉体は不自由さのかけらも感じさせず、流麗に、滑らかに駆動する。
男はアランに対峙する職員の背後に立つと、大きく肩に腕を回し、自分の側へと引き込んだ。
「おーっと、そこまでっスよ、お二人とも。こんな所で喧嘩はやめてほしいっス、馬たちが怖がっちゃうので」
「き、キース七等神兵閣下!」
まるで友人に話しかけるかのような自然体で会話に割り込んできた男こそ、アランの探し人であったキース・クリュオーンだった。
キースはアランにもフランクに挨拶する。
「あ、ご無沙汰してるっス、アランさん」
「おう。俺の方は特に問題も無くな。お前こそ随分楽しそうじゃないか。天職にでも就けたって顔だな」
「そりゃ、ボクは馬が大好きっスから。ここはまさに楽園みたいな所っスよ」
二人にとってみれば、実に数年ぶりの顔合わせとなる。互いに積もる話があるというもので、世間話に軽く興じれば、楽しい笑いが浮かび上がる。
だが、その場には不安なことに、それを見逃せないものがいた。
「キース閣下! お話のところ申し訳ありませんが、この者とはどう言ったが関係なのですか?」
「どういう、って言われても……。アランさんは、ボクの元上司っスよ」
「……上司?」
彼は俄には信じられないのか、ちらちらとアランを伺う。確かに右目に巻かれた眼帯から只者ではない何かを感じるが、それだけでは彼は理解できなかった。
「……キース閣下の元上司、となると位階はどれほどなんです? 言っておくと、現在の閣下と同等以上でないのなら、私は——」
「
「………………は?」
「さて」
長くなりそうな予感を感じ取り、パン、と手を叩くと同時に、アランが素早く口を挟んだ。そうして当然のように情報を流していった元部下に向けて、その鋭い眼光をちらつかせた。
「色々と込み入った話がある。サシで話したいことがな」
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