第3話 拾った命

 ゴーストとの会敵をなんとか凌ぎ、アランは目的地である、一つのテントに辿り着いた。

 グリーンのテントには、「医療班」と書かれ、中からは負傷した兵士たちのものと思われる呻き声が聞こえてくる。

 あの凄絶な戦場を生き延びたのは、単に彼らが強く、そして幸運だったからであろう。

 繋いだ命を守るのが、この医療班の面々。そしてそれらのテントのどれかに、目的の人物がいる。

 ちらりとテントをめくってみれば、ロングスカートの防塵繊維で編まれた衣類を着て、慌ただしく重体の兵士たちを看護するナースたちがいた。

 目的の人物は遠目でも分かるので、ざっと見渡していないのを確認すると、静かにその場を離れた。

 彼女たちには彼女たちのペースがある。不要に入り込むのはマナーに反するものだ。

 すると、視界の隅に、小さめな白いテントを見つけた。内部から光が漏れているから、誰か人がいるのは間違いない。

 中を覗けば、なんと目的の人物二人が、揃ってその中にいた。


「……ッ、痛……!」

「ほうら、落ち着いて。片腕と片目を失ったアイツよりは、ずっとマシな傷だよ」


 タイミング良く、話題に上がったアランの名。それがいいことなのかは分からないが、とにかく気分的に入りやすくなったのは間違いない。

 アランは未だ静かに眠り続ける赤子を抱えながら、テントの中に入る。


「邪魔するぞ、ミリア、サレン」

「え、アラン!?」

「こりゃまた随分と珍しい客だね」


 そう口にすると、ミリアはサレンを治療する手を止めずに俺の右腕に抱えられた赤子に目をやる。


「……面倒ごとかい?」

「悪いがその通りだ。ただまあ、サレンの治療が先でいいさ」

「ああ、助かるよ」


 ミリア・レーヴィス。《医神》の異名を持つ天才外科医。

 アランが片目と片腕を失った際にも、適切な処置を施し、命を繋いだこともある、救命医療の達人。

 ボサボサの黒のロングヘアーに、適当に羽織った汚れた白衣。その下は黒のシャツにタイトスカート。赤縁の眼鏡を掛けている。見た目はかなりズボラだが、その腕は帝国最高クラスだ。


「で、サレンはどうしたんだ?」

「腕を切られたのよ。縦に」


 納得いかない、と言う表情を浮かべたまま、俺の問いかけに答える。

 サレン・テラリア。四大皇家が一つ、テラリア家のお嬢様。アランの同期だが、年齢は二つ下。今年二十歳を迎える少女だ。

 金髪のロングヘアーだが、ミリアとは異なりよく手入れされている。まさに絶世の美女だが、同時に《絶灮ぜっこう》と呼ばれるほどの実力者。

 大きな怪我がこの程度で済んだのも、彼女の実力が高いことを示している。

 するとサレンもまた、アランの抱えた赤子に気付いた。


「え、何その子。生存者?」

「生存者であることは間違い無いんだが、少々事情が特殊でな。力を借りたい」

「……まずは、色々検査しようかね」


 そう言って、ミリアはサレンの治療を終わらせた。傷跡一つ残さずに。


     ——————————


「なるほどね、そんな事が……」


 ミリアの検査の結果を待ちながら、サレンに事情を説明する。

 テントの影の方で、この場に似つかない保育器を起動させて検査をしているミリアは、不慣れなはずなのに実に手際がいい。闇医者なのではと、その腕の良さ故に疑いの声も上がると聞くが、実際目にすれば、彼女がどれだけ優れた医者なのかがよく分かる。

 ちなみに何故保育器があるのかと聞くと、「何事にも対応できるように」とのことだった。どこまで見越して、保育器を持ってくると言う結論に達したのかには非常に興味があるが、聞かない方が楽な予感がする。


「親らしき人影とか、そんな姿は見なかったの?」


 検査の様子を見ながら、サレンが静かに問いかけた。だが、そこまで声音が高くはない。

 なんとなく、答えを察しているからだろう。そう言うあたりが、サレンの美徳である。


「ああ。周囲には一つの人影もなかった。瓦礫の下なら分からんがな」

「……そうね」


 そう言って、サレンは口をつぐんだ。

 軍人とはいえ、人の死には慣れる者と慣れられない者とがいる。彼女は後者で、アランやゴースト、ミリアは前者に区分される。

 とても心の優しい少女なのだ。

 暫くすると、ミリアがいくつかの紙を持ってやってきた。どれもこれも検査結果のようだ。


「身長51.2センチ、体重3046グラム。健康体だ。性別は女だね。ただ……アンタの予想通り、この子は魔族だ。しかも吸血鬼ヴァンパイア種だった」

「「吸血鬼ヴァンパイア……!」」


 アランとサレンに緊張が走る。

 吸血鬼ヴァンパイアとは、魔族の中でも危険指定種とされ、莫大な魔力と精神干渉能力、魅了チャーム、また幻霊を眷属として従えるなど、通常の魔族とは比べ物にならないほどの力がある。

 蝙蝠のような鋭い犬歯が特徴的だが、種族的にプライドが高く、他者に噛み付いて吸血すると言うことは滅多にない。

 アランの討伐数は三十三、サレンの討伐数は七、アランが軍に所属してからの討伐数は百数体と、一度に現れる数自体は少ないが、非常に高い質を持った魔族だ。

 また何より恐ろしいのは、非常に知性的であること。会話が成立し、喜怒哀楽が存在し、技を用いるなど、狡猾な戦術を強いる者もいる。

 こういった知性ある魔族のことを「魔人」とも呼ぶが、それに数えられる魔族は少ない。


「まさかの吸血鬼ヴァンパイアか……」

「しかも驚くなかれ、彼女はじゃない。半人半魔の半吸血鬼ハーフ・ヴァンパイアだ」


 ミリアの言葉に真っ先に声を上げたのは、サレンだった。


「半人半魔!? そんな事があるの!?」

「あるんだよ。例えば豚頭種オークなんかに犯された娘の腹の中から、合成獣キメラのように全身に毛の生えた胎児が発見された事例なんかもある。人と魔族が種として交配できることは、学術的に証明されている」


 ミリアの説明に、サレンは歯を噛み締める。

 女性の、しかも皇族のサレンならば一度は耳にしたこともあるだろう話だ。

 だが、それとは別に、アランは少し安堵していた。それが顔に出ていたのか、ミリアが首を傾げる。


「……アンタはどうして笑っているんだい?」

「ん、ああいや、半吸血鬼ハーフ・ヴァンパイアなら、きちんと育てられるかもしれないと思ってな。知恵を持つ魔族の血であれば、心配することは少ない」


 すると、アランは立ち上がってサレンの前に立ち、深々と頭を下げる。


「頼む。コイツをどうにか、安全に本国の俺の家まで届けてほしい」


 その様子に驚いたサレンが、「え、え?」と困惑する中、アランはそのまま言葉を続ける。


「コイツを見つけた時、俺は天啓だと思った。血と硝煙と死が蔓延したあの場所で、炎に晒されずに泣いていたコイツを見て、俺は運命を知った。コイツの行く道の先に何があるかは分からない。はっきりとした根拠もない。ただ……頼む。俺に力を貸してくれ」


 いつの間にか、サレンは困惑していなかった。ただ静かに、彼の言葉を聞き入れていた。

 そして。


「……いいでしょう。ただし、条件が二つあるわ」

「言ってみてくれ」


 サレンが指を一本立てる。


「一つ目、定期的に私もあなたの家に行くこと。赤ちゃんのお世話なんてしたことないでしょう?」

「それはお前も同じじゃ……」

「最近、お父様の側室のおめでたが相次いでるのよねー」


 何気ないように口にした一言は、「アンタと一緒にするな」という無言の意も持っていた。


「……二つ目は?」

「二つ目は……そうね」


 そう言うと、彼女は立ち上がり、アランの前に立った。


「いつかまた、私が危険な目にあった時。必ず助けてね」


 その言葉に、思わず顔を上げると、サレンは優しく微笑みながら、右手を差し出していた。

 先ほど、ミリアに治癒してもらったままの右腕。柔らかく滑らかで、艶のある肌が目につく。

 そして、アランは。


「無論。この手の届く限り、必ず助けてやる」


 その右手を、確かにとった。




 その数日後、アランの家に赤子が届く。

 レイナと名付けられた彼女は、アランの養子として姓の「アンバース」を貰い受けた。

 また同日、「任務の遂行に対する肉体的な限界」を理由に、軍を退役。さほど知られなかった《威天》の名を持つ隻腕隻眼の剣士は、ひっそりと姿を消した。


 およそ十年前、タウム星神暦三四二年、初春の出来事である。

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