第69話 ふりそそぐ光




「成功だ……何があっても折れぬ信念が、空をも通した!」

「めぐみ様、よかった……元に……」


 真紅の輝きが、ひとすじの光になって天を貫く。

 か細い注射針からトンネル並みの大きさへ、精神の道を強引に拓いた。

 さっきと違い、炯眼に力を込めれば込めるほど、染み込んで影響を及ぼしていく実感がある。


 それでも、退散の門へと白い毛玉が帰っていく勢いより、こちらに居座ろうとする力の方がほんの少し勝り、再び押し返して来た。


「う……ぐっ……!? まだだ……まだ!」


 力の拮抗はまずい。大願のリミットが迫ってる。完全に支配の糸が繋がれば……向こうからの命令で、せっかく積み上げた今の状況すらひっくり返る。そして、なによりまずいのは。私の精神がそこまで持たないってこと。


「メグ……頑張れ!」

「大丈夫、やれる! あと少しなんだ……! もっと輝いて……炯眼ッ! 諦めるなッ! いけぇぇええええええええええええ!!!!!」 

 

 声の限り叫ぶ、その瞬間。

 空が雷を鳴らすように点滅して輝いた。

 虚空の門から、新たな糸たばが這い出て来る。その一本一本が蛇のようにうねって白い毛玉にくっつくと、せめぎ合っていたバランスが一気に崩れた。

 

 ヨグ=ソトースは糸に絡めとられ、

 そのまま門の中へ、ずるずると引き込まれていく。

 

 向こう側、外なる宇宙から誰かが手を貸してくれている?

 それはシロの働きだ。シロがやってるんだきっと。大願までの時間稼ぎだけじゃなくて、最後のひと押しに――


『正解だ、めぐ』

「シロ……?」

『あっちで色々あがいてたけど、キミを信じてよかった』


 私の魂にある、もう一つの門から白い輝きが飛び出す。

 すぐに犬の形をとってシロが話しかけて来たけど、次から次へと涙が溢れてぜんっぜん見えない。


「うわぁ……あっあっうゔっ゛、ジロ゛ぉ゛……」

『そんな声だすなよ。泣き顔なんかより、困難に立ち向かう……魂を熱くさせるあの表情を見せてくれ』

「だって……だってぇぇ、助けに来てくれるんだもん……嬉しいよぉ」

『いいから涙を拭け。あいつにバラバラにされたボクの力が、いまここに揃ってる。白い毛玉の神サマなんて断ち切れ、この世界から! 最後のひと押しはキミがやれッ、めぐ!』

「う、うん……分かった。私やるよ!」


 炯眼に琥珀色の精神が流れ込んでくる。

 シロだけじゃない。

 

 淡緑も、深青も。私の瞳に色を移して染めていく。

 混ざれば混ざるほどきれいに澄み渡り、透明に近い白の輝きを放つ。空にへばりついた濁った白とは違う、きらきらした光の中にいるような感覚。

 

 繋げる炯眼とは正反対……あらゆるものを断ち、隔てる力。白い毛玉の繋がりを切断し、門へと投げ捨てるイメージが浮かんだ。 

 涙を拭った手で首横のリボンシュシュを弾き、空を睨む。


「いつまでも空に……この世界に。付きまとわないでッ!」


 私の声に呼応して円環状の石組が光を帯び、そこから集まる輝きが空に放たれた。光の速さで、根を張らしている精神の糸に激突する――


 ぶつかったと同時に、耳障りな咆哮が炯眼の糸を伝わり響いてきた。

 断末魔? 違う。繋がっているからこそ理解できる。これは――魂を腐食させるような、知覚した先からボロボロと崩れ去るような呪いと音のかたまりだ。

 膨大な力がくるくると渦を巻き永遠に回り続けるみたいに、叫びというよりは。そう感じた……!









  ҉     ҉









ハク! 一体どうなった!?」

『嘘みたいに上手く行った。中でもめぐの対抗は、ボクの予想をはるかに超えてたほど……それが裏目にでたな。炯眼の通りが良すぎたか。

「なに……これ? 空の繋がりは、すべて断ち切ったはず……」


 シロの力が全て揃ってたのに。

 ありったけを込めたみんなの光でも……傷ひとつさえ付かなかった。

 こ、こんな吹けば飛びそうな細い糸が、なんで切れない!? 




 ぎゅああああぁぁぁぁ――ぎゅおおおおぉぉぉぉ――



 

 先ほどと同じ不快な音を、繋がった炯眼越しに聞かせて来る。歯医者にあるなめらかなドリルを鼓膜の中側で回しているような気持ち悪さ。

 ライレンも思わず顔を歪めている。

 ……コウちゃんや武市さん、ありかちゃんはただ天井へと顔を向けていた。この声に気付かないのか? それとも法眼があるライレンだから知覚できてるのか、そして私も?


 思考を遮るように、白い毛玉がバチバチと点滅した。

 触れた光をのみこみ、その体内で屈折と乱反射を繰り返す。無数の色が生まれては消えて、空一面がオーロラ……虹に包まれているみたい。


『めぐ! 炯眼を解けッ!』

「なんでよシロ!? せっかく繋いで――」 


 金属音がふいに遠のき、消えたと思った瞬間、

 目の前で火花が散り身体がはじけ飛んだ。


「ぐ……が……」

「メグ!? しっかりしろ!」

 

 コウちゃんがとっさに支えてくれた感触がある。視界が真っ赤に染まってるけど、痛みはぼんやりとしか感じない。

 高圧電流の線に目を押し付けたような、焦げ跡が。どうやら炯眼の繋がりを一方的に断たれたらしい。


「白の異能。そのすべてをかき集めても、届かなかったか」

『めぐ……大願まであと少し猶予はあったのに。力加減の調整を果たせず、すまない。ボクのミスだ』

「めぐみ様……ああ、空から光が……」


 ありかちゃんのにおいが、移り変わっていく。

 深い悲しみから、悔しさへ。そして私を心配している。何て声をかけようか、懸命に言葉を選んでいる。 


「あ、ありかちゃんの……言う通りだった。どうやったって、大願から来る命令は……止められない。……さ、最初から……決まっていた、運命……」

「たとえ今から起こることが、私の知っている未来と同じでも。私は、いろいろあったけど最後は諦めなかった! って、胸を張って上を向きます。それだけで、運命なんて同じじゃなくなる。貴女がいたから、そう思えるんですよ? めぐみ様」


 確かに、やるだけやった。あとは受け止め方の問題。

 胸を張って空を見上げられるかどうか、だけかもしれない。 


 空が波打って大きく震える。

 外なる宇宙へ引きずり込む勢力などまるでお構いなしに、白い毛玉が完全に門から這い出て、虹色の輝きを強めた。

 支配の命令が来る……私には止められなかった未来。


「コウちゃん……」

「おう。目は大したキズじゃない。血の混じった涙が出てるだけだ。さっきより見えるようになったか?」

「う、うん……見える」

「痛むならおっさんに診てもらえ。でも今は、こうしてていいか?」


 返事の代わりにその手をもう一度握ると、後ろから抱き寄せられている力が強くなった。コウちゃんの優しさのにおいがする。身体も心も暖かくなっていく。ずっとこんな気持ちに浸っていられたら、どんなにいいだろう?

 だけど私には……まだやることが残されている。

 

 天井を見上げた。

 もう届かない、勝てなかった空がそこにある。

 私は……大願を止めることができずに、負けたんだ。




 八色ヤイロに包まれて――光がふりそそぐ。




 武市さんにも、ありかちゃんにも、コウちゃんにも。

 糸に繋がれた全ての人へ、分け隔てなく平等に。 



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