第68話 желать




 数百の精神が私の周囲に憑りつき、思うままの形をとる。


 爪を生やし、赤い犬の獣人に。

 牙を生やし、猛獣の四つ足に。

 翼を生やし、異形の化け物に。


 どこからどこまでが自分の身体なのか、もう分からない。

 ただ赤く、この魂は燃えていた。

 それだけ理解できていれば充分。それで私は救われる。


 だが、まだだ。まだ成功と決まったわけじゃない。

 精神はまだ収束させられる。私の魂はもっと熱を込められるはず。

 撃ち出す弾も、火薬も足りない状態だ……フットサル大会の決勝点を挙げた時みたいな、絶対に決まるって……がまだ無い!

 

「めぐみ様、もう充分です。これ以上は貴女の魂が持ちません! 父様のようにならないで……!」

「ギ、ギォォオオ!?」

「いや、まだ足りない。ハクが引き裂かれた時もそうだった。あの時ヨグ=ソトースは気まぐれで帰って行っただけ。阻もうとした俺たちが、一人残らず死んだことさえ奴は気付きもしなかった……!」


 ライレンの法眼が鋭く閃熱を放った。

 後悔と無念のにおいを、虚空に向けている。


「まだ失敗する算段の方が高い。それが分かっているからギリギリまで溜めている。そうだな……? なら、俺がその瞬間を見極めよう。炯眼の熱を高めることに専念しろ! 合図を必ずめぐみへ送ってやる!」

「……めぐみ様。どうか、そのお心のままに!」


 シロもライレンも、大願を阻止しようとして……負けた。

 ありかちゃんのお父さんも、方法は違えどこの虚空に挑んだんじゃないか? 誰一人として望まなかった願いが、いま実現しようとしている。 


 私だって大願に敵わないかもしれない……

 でも、私たちなら負けないって気持ちが強くなる。二人の祈りが、私にそう思わせてくれた!


「安心してください恵さん。もし万が一バケモノになり下がっても、あたしが絶対に殺しますから」


 武市さんが人懐っこい笑みを浮かべて、拳銃をこちらに向けている。

 なんだろう、まるで撃つ気がないみたいな……上手く行くよって私を信用しているにおい。


 みんな気持ちに、応えなくちゃ。

 

 魂が灼き切れそうでも。ドクドクいってる心臓が口から飛び出しそうでも。怖くて部屋でタオルケットにくるまっていたくても!


「ぎゅ、ぎゅおおぉぉ!」


 精神を片っ端からかき集めて詰め込んでいるうちに、炯眼の糸を伝って私の魂に薄紫の色が移る。

 私以外の精神が混じり、叫ぶような雑音が響き出した。 

 

 ああ、うるさい。

 黙れよ。ライレンの合図が聞こえないだろ?

 あと少しのはずなんだ。でないと私は――夢見の世界じゃなく、現実で……握りつぶしたゼリー状態になってしまう。


 ぱき、ぱきっ。


 魂に亀裂が走り、それと同じく身体のあちこちにひびが入る。

 炯眼で割れ目を繋ぎ止めようとしたが、隙間からこちらを覗くものが見えた。

 それは恨みがましさを向ける歯口はくちたち。

 いっせいに無数の傷が開き、呪詛ともいえる忌まわしきコーラス大合唱を歌い出す。それは不気味なほど可愛らしい動物の鳴き声のようだった。 


「ぎゅおおぉぉ!?」


 これは、地下座敷を徘徊していたバケモノの口?

 じゃあ本当に、ありかちゃんのお父さんは、私と同じことをしてたって訳か!? そして同じ結末を迎える? いや、その前に武市さんが私を殺すか。私が誰かに喰らいつく前に。  


 合図は……ダメだ。声が聞こえない。においも嗅ぎ取れない。

 ありかちゃんが何か、かなり動揺しているのが、さっきまで炯眼で伝わってた。いまは途切れている。何も見切り発車ですべてを解き放って撃ち出すか? どっちが空か地面か、どこに立っているのかもわからない状態で? そもそも炯眼としっかり繋がってる感覚がないと、発動すらできないのに……!


 はやく合図を! 集めた精神も私も、たもてない……

 言葉の通り

 あいずを、だれか――








 *  *









「……」


 感触がある。誰かの手。

 私の手を握ってくれているみたい……私の手?

 触れられたところから、ぼやけた輪郭が自分の形になっていく。


 この感じ……すぐに分かった。

 私がよく知っている手で、そのにおいも全部覚えてる。

 

 さすがライレン。

 私にとって、これ以上ない分かりやすさ。 

 絶対に私が気付ける合図を送ってくれた!


「コウちゃん……」

「ゴールは見えてるかメグ? あとはシュートを撃つだけだぞ」

「見えるよ……撃てる! 決めるは出来上がった!」


 ふさがっていた眼をこじ開ける。

 身体中に赤の線があふれだし、いくつも走った。

 しっぽも、翼も、爪も、牙も無数の目も。私の肌を撫でるように沿って手足から登り、肩から首へ……顔から炯眼に吸い込まれていく。


 ここだ。私の魂がここだと声をあげている。 

 コウちゃんが隣にいるんだ……絶対に負けたくない!




 一点のくすみもない灼熱の輝きが溢れ出す。 

 強制的に、空をこっちの方へ振り向かせた。 




私を見ろさっさと帰れ……白い毛玉!」



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