第67話 Doom Desire




 精神の糸をするすると伸ばし、空へ繋げる。

 見上げれば、どこを狙ったって当たるほど白い毛玉に埋め尽くされ……まるで空そのものが生物になったみたいに動いている。

 からこちらへ渡ろうとする意思が伝わり、その不可思議に両立する限りない邪悪さと神聖さに圧倒され、眼を向けているだけで魂が消し飛んでしまいそうなほどだ。

 

 でも、そこに付け入る隙がある。

 

 ちっぽけな私の、小さなノミ炯眼の一刺しに気付かない。その無抵抗のままで……私に浸食され続けろ!


「……めぐみ様! 門の消滅と退散はこちらで維持しています。炯眼を出来る限り深く繋いでください。『糸を放せ』という命令が通れば、自然に門の向こう――外なる宇宙へ強制的に追放できます。『元の世界に戻る』『興味を失う』でも同じです。問題は、そのひと押しがとてつもなく困難だということ……!」


 ありかちゃんのいう通りだ。

 わざわざ正面から対抗の綱引きをする必要はない。

 白い毛玉の神さまに、ほんの少しだけ『帰る気』にさせるだけでいい。

 あとはありかちゃんの唱えた、退散の呪文が導いてくれる。

 


 炯眼の力を注げば注ぐだけ、すんなりと通っていく。

 ノミなんてサイズじゃ比較にならない。

 あっちが大海原なら、こっちは落とした血の一滴ひとしずく

 

 たとえ私の身体を絞り尽くしたって、一点の染みさえ残らない。それだけの差がある。最低限の干渉すら出来ないのか!?


 ただ漠然と虚空へ伸ばした炯眼の糸に、何かが反応する。

 このにおいは……ありかちゃん? 


最極の空虚ヨグ=ソトース。大願をもたらす者よ。そのあらゆる概念を越えた存在に屈し、いくつか取引をいたしましたが……気が変わった。私の願いは、私が叶える!」

「これって、まさか天眼の……!?」

「取引のため捧げた代償を返せとは言いません。せいぜい勝手に利用させてもらうわ。私の瞳と、数百人分の精神は……すでに門へと取り込まれ――聞け! 天に及ぼす私の声をッ!!!!」


 蠢く空に、蒼色の鎖が爆発的な勢いで伸びていく。

 生物の体を無数の静脈が巡り、毛細血管が行き届くように。そして青い輝きが炯眼の赤と融け合い、空をみるみる薄紫に染めていった。

 少なくとも、この紫雲山一帯の領域は……地名通りの色へと変化した。


「貴女の炯眼は、私が全力でサポートします! あとは命令が届く深さまで押して押してむりやり閉じるだけ!」

「ありかちゃん……分かった!」


 天眼の支援を受けとって数百人分の精神をのみ干す。

 このパワー全開状態で、空に向かって丸ごとぶつけられれば……毛玉の神さまの繊維一本くらいは支配出来るかもしれない。


 いや、出来る。やってやる。

 心を強く持つんだ。全ての精神をかき集めろ……! 


 私の魂を発射台にして、数百人の精神を込め直して撃ち出す。

 絶対に成功させる。私のこれまでとこれからが、ぜんぶ負け続きでも構わない。たった一度だけ。ここだけは上手くいって! 

 

「……なにこれ!? 身体が……」


 ふいに優しい光を感じた。

 私の炯眼に、ありかちゃんと……もう一つのにおいが寄り添う。全身にやる気が溢れてきた。それだけじゃない。心の負担があわ粒のように消えていく。

 

 何度も私を奮い立たせた法眼の力。

 薄緑色の輝きが……私のひび割れていく魂を、支えてくれている! 


「めぐみ! すべての精神を束ねようとしても、魂の入れ物には限界がある。それ以上は持たない。だが、俺がその身体を作り変えられるようにしてやる。炯眼も併せて、お前自身が望む形をとれ!」

「任せて、ライレン!」


 ライレンが、私の名前を呼んでくれた!

 なんかずっと呼ばれてないような気がして、それだけで嬉しくなる。それだけで……自然と魂が形をとり 肉体がその形に沿うように変質する。


 シロからもらった瞳を最大限に発揮する時……いつも魂の入れ物は変化してた。ライレンなら蜥蜴人リザードマン。ありかちゃんは有翼人ハーピィ。それぞれが効率よく、人外の異能を振るえるように。


「グルルルゥ……」


 人間の器には限界がある。せいぜいが人ひとりか二人分の空きしかない。でも、数百人の精神を取り込んで、かつ自在に操るにはどうすればいい?

 犬じゃなくてオオカミ。オオカミじゃなくて……より大きく、よりでらために。強くて獰猛なイメージを膨らませろ。少なくとも私が、のみ干せて当然って疑わないほどに!




「ギオォォォォオオオッ! アアアァァァァ!」





 数百の精神が私の周囲に憑りつき、思い描いた形をとる。

 この爪で、大きな口と牙で。しっぽと翼で。

 世界に這い寄って来る神様に、精神的外傷トラウマを刻み付けてやれッ!






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る