第66話 Unbeatable
「コウちゃんストップ!」
「そこまでよ
制止の声がとっさに出た。
ちょうど武市さんが踏み出しながら手を眼前で交差して、ライレンの太刀を受けようとするところだった。お互いにぴたりと動きを止めて、驚きの表情でこっちを眺めている。
よく見れば、武市さんは警棒の柄の部分だけを使って防御するつもりだったらしい。それで後に続くコウちゃんがキックでもするつもりだったのかな? あと少し私たちの目覚めるのが遅かったら……大惨事になっていたかもしれない。
「メグ!? 起きたのか?」
「自分を取り戻したのだな? ありか」
「二人とも! あっち向いててッ!」
走り寄ろうとする男性陣に、怒号を飛ばした。
ありかちゃん、服がはだけて色々見えてるんだよ!?
とりあえず、着ているパーカーを脱いで羽織らせる。
青い鳥のような羽毛や羽根はすでに消えていた。肌だけが露出していたが、これで隠れるべきところは隠れたぞ。眼のケガ……巻いた血塗れのタオルが痛々しいけど、あとはライレンに診てもらおう。
「あ、ありがとうございます」
「上着でごめん。サイズがそんなに違わなくて良かった」
「はあぁぁ……とりあえず窮地は脱したっスかね?」
武市さんが警棒を腰に収め、わざとらしくため息をついた。
ニヤニヤと面白そうに、ライレンとコウちゃんの無防備な背中を眺めている。
武市さんもシャツがすごいことになってますよ!?
思わず動揺が漏れそうになるが、胸をつんと張らせて恥じらう様子がない。巨大な谷間と山脈がいまにも噴火しそうにふるふるしてるけど。本人が気にしてないし……い、いいのかな?
「あ、もうこっち向いていいよ」
「安心したぜメグ。みんなに蹴られずに済んだ」
「頼廉……その、私のために戦ってくれて、ええっと……あの」
「ありか。互いに伝えたいことが山ほどあるようだ。一口では言えんが……たっぷりと
「せ、説教はあとで……それよりめぐみ様。いまから大願を断つことに対して、私と頼廉は協力を惜しまない。差し当たりそれでよろしいでしょうか?」
「うん。いいよそれで」
「承りました――頼廉?」
「委細承知」
ありかちゃんはおぼつかない足取りで歩き出す。
庭園の白い砂。そこに点々と染みた自らの血を辿って。
数歩ほどで足がもつれ、前のめりに転んだ。ライレンが地面に顔をぶつけないよう的確に助け起こす。目が見えてないから、小石が障害になったのかな?
「大丈夫か、ありか」
「う、うん。もう少しだけ、支えてて」
「ああ」
「門の創造の詠唱は成功したけど、退散の方は唱えるつもり無かったから、ちょっとうろ覚えで自信ないの。詰まったら小さい声で助けてくれる?」
「任せろ」
二人は連れ立って歩きながら、日時計のような円環状の石組、その中央へ向かう。ありかちゃんはさっきと同じように身体を投げ出し、上半身を寄りかからせた。違うのは石組にではなく、ライレンに体重を預けていることだ。
ありかちゃんのにおいが変わっていく。半分眠っているような、意識が沈みかけている状態。
手でいくつかの形をとる。複雑なハンドサイン……印ってやつ?
それと連動するように石組がうっすらと輝きを帯び始める。やっぱり、この場所は術を成功させやすくする……精神的な何かを増幅させる機能があるみたいだ。
「
もう一度、ありかちゃんは手で印を組み直す。
ライレンがそばで耳打ちしていても、一切の淀みもない。
そのまま同じリズムで詠唱を続けている。
「……はがとうぉす、やきろす、がば、しゅぶ、にぐらす。隠れたまえ。我は汝のいましめを破り、印を投げ捨てたり。印の示す世界へと、関門を抜けて戻りたまえ。だるぶし、あどぅら、うる、ばくある。隠れ入りたまえ、ヨグ=ソトースよ。隠れ入りたまえ!」
҉ ҉
天井を見上げ、意識をさらにするすると伸ばし、遠くの空を炯眼で眺める。
夕暮れが迫っても真上を照らす太陽に、やがて変化が訪れた。
強い輝きを放ったかと思うと、空が一度大きく波打った。お風呂のバスタブから水が抜けるように、精神の糸が白い太陽へと吸い込まれていく。
どれくらいの量と速度か見当もつかないくらい勢いよく渦を巻き、シロのいた宇宙……異なる次元に戻り続けている。それと呼応して太陽がウインクをするみたく徐々に欠けていき――途中で停止した。
「門が閉じない……途中で詰まった?」
「ヨグ=ソトースは門への
挑発的なありかちゃんの口調には、どこか期待しているようなにおいがした。
私が何て言うのか待ち望んでいる。
彼女を夢見の世界から引き上げたのは私だ。がっかりさせて、いまここに戻ってきたことを後悔させるわけにはいかない。違う夢を見させたんだ。お終いまでの責任がある。
天井を突き抜けて、ぴんと張る糸が炯眼越しに見えた。
ひとつひとつが人間の魂と繋がって、やがて統率し操る精神の糸。
それを嫌だと思っている。私は、椅子とりゲーム最弱の女だ。その理由も痛いほどよく知ってるよ。でも勝敗の存在しない、かけっこで全員並んで一等賞なんて世界はこっちから願い下げだ。たとえ負け続けたとしても、負けっぱなしは嫌だと思える自分でいたい。
「門が閉じないのなら、やることは一つ」
「……その方法とは?」
「挟まっているものを押し込んで……むりやり閉じるッ!!!!」
コウちゃんは納得したように笑った。
ライレンは狼になったシロみたく、獰猛な笑みを浮かべた。
ありかちゃんは何かを思い出し、ちょっと引きつった笑顔を見せた。
「めぐみ様、挑んだって勝てる可能性はゼロです。どうあがいても、あの糸から支配の命令が伝わり、人はみな繋がっている絆を手放してしまう……でも、そんな絶望なんかよりも、私は……! ここにある輝きを信じていたい!」
「
武市さんの声は、心の底から楽しそうだった。
ここに敵はいない。私のことをよく知っている人たちだけだ。
小さい火が心に灯り、どんどん大きくなって燃え上がっていく。
天井を見上げる視線にありったけの熱を込めて、叫ぶ。
「炯眼よ! 私の想いに応えて!」
……私はいまどんな表情をしているか?
たぶん『無敵だ』って顔をしていると思う。
そう強く思わせる希望が、ここにある!
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