第65話 世界を変えるのは誰?
導火線に火を点けるように炯眼を燃え上がらせる。
それを合図に一面の緋色からぱきぱきと亀裂が入った。光が幾つも指し込み、輝きを放ちながら色が抜けていく。
赤から白へ。白からどこまでも透明に。精神の底まで見通せるほど、私とありかちゃんを遮る汚れや異物はきれいさっぱり取り除いた。
「はああああ!? 炯眼の力を振り絞って、潰れた精神を浸食したの? 希望で絶望を塗り替えるみたいに……!? あ、ありえない絵空事を信じ切れる強欲な善意と、それを実現させる心へ作り替える炯眼の力……! ここまで厄介で最悪な組み合わせがあるなんて」
「これでよく見える。ありかちゃんの辛かったこと、耐え難い記憶も!」
「なんでよ!? なんなの貴女は! 思い出したくないことも、痛みも。見えなくしてたのに、なんで……わざわざ暴くの!?」
「隠していたものが無くなれば、ここにいる理由もなくなるでしょ? それに、分からなくしていただけで、ありかちゃんの大切なものは混ざってない。確かにそこにあるの。だから取り戻せる。探せなかった絆だって、私がぜんぶ繋いでやるッ!」
「やめろ! いやだ……また失いたくない! せっかく、それがどうでもいいものに成り下がったのに、顔と眼を向けさせないでよ……!」
炯眼が流れ星のように輝きを放ち、途切れた繋がりに絡みついて隙間を埋める。ありかちゃんはその膨大な数の流星群を、悪い夢を見ているように眺めながら顔をしかめた。
「こんな……くそ、泣いてからが一番強い子どもみたいな意地と理屈で! 私のこれまでを台無しにされてたまるか!」
「台無しになんてしない。取り戻したものを確かめてから、また自分で決めればいい。だから、ここから出よう?」
「そ、外に出たって同じです。また死にたくなるだけ。大願を叶える! もう私にはそれしかない。それしかないのに、構わないでください!」
「構う! 私が、ありかちゃんと一緒にいる! 悩みも最初から最後まで聞くし、どうすればいいか真剣に考える! それでも、死にたいって思うのなら! 私が、お茶をしたり遊んだり、楽しいことでいっぱいにして……何度でも新しいあなたに生まれ変わらせる!」
ありかちゃんを取り巻く暗黒が広がり、流れ星を捕まえようとしてもぜんぜん追い付かない。残り少ない潰れた精神は、むりやり彼女が動かしているだけだ。繋がって伝わる速度には程遠い。それに――
運よく一つの流星を抑えたように見えたが、潰れた精神を貫いてありかちゃんの深層心理へ飛び込んでいく。
「大願を止めるために……きれいな御託を並べるなッ!」
「違う、友だちだからだよ。ありかちゃんも言ってたでしょ。辛い時や寂しい時にいてくれるのが本当の友だちだって。だから私は、ありかちゃんを絶対に見捨てない!」
「ぐっ……だ、黙れ! 私を揺さぶるな、やめてよ……本当にそう思って言ってるって、伝わってくるんだよ。何もかもを上手く繋げたって、最後には絶望するだけなのに。未来があるって、私に思わせないで……」
「黙らない! 未来はあるッ! 私が希望だあああぁぁぁぁ!!!!!」
「黙れええええぇぇ!!!!」
ありかちゃんの絶叫と精神の塊が、私の魂に正面からぶつかる。
息が漏れ、魂に亀裂が走った。
* *
「か、勝った。学んでないのか!? 防御も抵抗も感じなかった!」
「ぐうっ、これ……で、元通り……だ……」
痛みを上回る満足感から口端を上げて笑顔を見せる。
炯眼で繋いだ精神がどくっどくっと脈打ち、正常に動き始める。
ありかちゃんの勝ち誇った顔が、引きつって歪んだ。
彼女の精神はこれ以上ないってくらい修復できた。その分、消耗も半端じゃなかったみたいだけど。魂がぶすぶすと燻ぶり、熱が逃げて冷たくなっていく。
だんだんと私自身の重みが、薄れているのが分かる。
「か、身体が……浮かぶ!?」
「炯眼の力を使い果たしたんです。もう何も出来ませんよ。今の貴女はからっぽ。ただ浮かび上がる魂だ。そして――私の精神は、さっきとは比べ物にならない速度と威力で魂をバラバラに出来る……めぐみ様。貴女が治してくれたおかげですよ。せめてもの礼に、一瞬で終わらせます」
青く澄んだ精神が、彼女のほほを撫でるように絡みついた。
そのなめらかさは確かに先ほどとは違う。ありかちゃん自身の手足のごとく自然に動き、強固に繋がっているように見える。私の消耗した精神とは対照的に、充分過ぎるほどの余力を感じる。
「その炯眼の繋ごうとする輝き。私を捕まえることに注ぎ込めば、あるいは強引にここから引きずり出せたかもしれませんね」
「……それは、私の中に疑いが混じる。たぶんそれだと失敗してたよ」
「貴女は、汚泥を這いずるような辛い思いを体験している。それでも、何の疑いもなく信じられるんですね。私のために、私の考えが覆ることを。いまこの瞬間まで」
「……」
「やめた。一緒に最期を迎えようとしたけれど、やめることにしました。だって馬鹿らしくなるくらい、貴女はきれいで輝いている。この埋められない寂しさも、きれいに死ねない苦しみも。罰として受け入れるべきなのでしょう」
「ありかちゃん……!?」
「私は、貴女のような輝きを見失わない強さが欲しかった。そんな風になれていたら、私は違う運命を選び取れたかもしれない……めぐみ様。ここでお別れです。願わくば、そのお心のままで」
俯いている彼女の表情は見えない。
さようなら、と口が動いた気がした。
あわ粒が水中から浮かび上がるように、私という魂が上へと向かう力に抗えない。炯眼の力も使えるだけ使い切ってしまった。もう本当に出来ることはないみたいだ。
なら、あとは……彼女に頑張ってもらうしかない。
「ありかちゃん! 来て!」
そう叫んで手を伸ばした。
ありかちゃんは困ったような笑顔を向けて、私を見送ろうとした。
そして、私よりも遥かに高い天上をぐるりと眺める。
まるで初めて青空を見た子どもみたいに。それは暗黒の雲を取り払い、大切な記憶をすべて取り戻した――彼女自身の輝き。
人は希望だと思ったものを見つけた時、どうするか?
私は知っている。それはきっと誰もが知っていること。
だから疑いなく信じられる。
私の手に触れたこの手を、繋いで離さないって――
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