第64話 北風も太陽も




 ありかちゃんが驚きの表情で私を眺めている。

 続いて上に顔を向け、とてもまぶしいものを見る目をした。


「なに……これ? 貴女の繋がりは、すべて断ち切ったはず……」

「違うよ。一つだけ残ってる」

「うざい、うざいうざいッ! ……さっさと潰れて消えろ!」


 その声に連動して周囲の精神が蠢き、炯眼の糸にまとわりついた。噛み千切る勢いの青黒い塊が、逆に粘土へ糸を通すみたいに灼き切れ、断面が鮮やかな赤に変わる。


「こ、こんな吹けば飛びそうな細い糸が……なんで切れない!?」

「軽く見ないで欲しいわ。ただの赤い糸じゃない……! これはわたしたちの絆。コウちゃんと、私の……想いが繋がってるんだから!」


 炯眼の糸から色が移り、潰れた精神はその動きを止める。じわじわと燃え広がっていく灼熱の流れを、ありかちゃんは眉間にしわを寄せて忌々し気に睨む。


「だけど結局はその場しのぎでしょう。私の世界で、私には勝てない!」

「確かにそうかもしれない。でも、それでいいんだ」

「……どういうつもり!?」

「ここは夢の中に似てる。自分のイメージが形や力になるの。だから、信じ続ける限りどこまでも強くなれる。ただありかちゃんの想いとは対抗しない。勝つとか負けるとかの綱引きもしない。あなた自身を、こっちに引き込めばそれで済む……我慢比べならちょっと自信があるよ? 私は、すっごく諦めが悪いからね!」


 そうだ。もう全部思い出せた。

 私を絶望の淵から引き上げたコウちゃんの言葉は……私が高校生の時、彼に叫んだものだ。

 コウちゃんがみぃちゃんと付き合い始めて……些細なやり取りがきっかけになり、彼女も友だちも無くしかけた時。行動を起こせずにいるその背中にぶつけた『諦めるな! いけ!』ってセリフ。

 そこから懸命に走り続け、何ひとつ失わずに取り戻しちゃうコウちゃんは、やっぱりすごい。私の言葉はキッカケってだけ。

 

 私はあの放課後の教室で、未練がましく一人泣いていた。


 実らない初恋を、それでも終わらせることが出来なくて。卒業間近のグループ崩壊の危機も器用に立ち回れない、いまこの瞬間もありかちゃんを上手に助け出せる方法が思いつかない――それが私。折原恵なんだ。もう絶対に忘れるもんか。


「ありかちゃんと一緒に帰る……そう私が決めた!」

「ふざけた事をッ!」


 そう叫んで伸ばした片手を握りしめる。

 彼女の意思に従い、私の精神を潰そうとミシミシと圧力を強めていく。

 

 ……でも折れない。これくらいのことで諦めてたまるか。

 痛いって感じるな伝えるな。ここは肉体から切り離された、心だけが影響を及ぼす場所なんだ。イメージを強く持て。考えろ。ありかちゃんを助け出す方法だけ思い描けばいい。


 炯眼にありったけ精神を注ぎ込み、燃焼させていく。

 膨れ上がり続ける熱量を、自分の中でぎゅうぎゅうに抑えつける。 

 限界だと感じる直前、そのぎりぎりまで凝縮して留め続ける。


 こちらを睨む彼女を、じっと見つめ返した。


「私が……傷付いたと思わない……かぎり……誰も、私を傷付けることはできないッ!」

「き、強靭すぎる……いくらここ精神世界でイメージしたことが実現するといっても、人は魚より速く泳げるとは信じない。空を飛べる、と疑いなく跳躍することは不可能……そのレベルで思いこめるのか。そして、私を助けるって少しも疑ってない!」

「……アイディアはいくつか浮かんだんだよ。言葉を尽くした説得をしても意味が無いのなら……ありかちゃんがここにいたい理由を無くすか、外に出たい理由を作ればいいんだ……北風と太陽。それをやってやる!」

「待って! な、何をする気なの?」

「炯眼よッ! 私の心を燃やせぇぇえええええええええ!!!!!」




 全力で蓋をしてなお噴き出してきそうな炯眼の力を、一気に解き放つ!

 まばゆい閃熱が放射状に巡り、潰れた精神のすみずみまで焼いていく。奇妙な表現だが、彼女の魂はそれを見ながら茫然と立ち尽くしていた。




「燃える……燃えカスも残らないくらい、何もかも。あはは……いいですね。火事で死ぬ運命だった、私の最期にはお似合いですよ。潰れた精神さえ焼き尽くせば、めぐみ様がここから出ることは容易い。命の切れかけた私を操り、大願へ続く門の消滅まで時間もぴったり間に合う。おめでとうございます。貴女の勝ちです」

「さっき言わなかった? ありかちゃんとは勝ち負けで競わないって。それに

「……逆?」




「忘れてないでしょうね? 私の炯眼けいがんは、魂を自在に繋いで作り直せる。ありかちゃんが閉じこもっているこの潰れた世界を、別の何かに作り替えれられたなら……きっと夢から覚めたくなるよ!」

「そんなこと……」

「出来る! あなたの記憶と、私の炯眼があればッ!」

 



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