第62話 大切な何かを失う時
じわじわと圧し潰すように、青みがかった闇が私を包んでいく。
くそ……上手くいかない。
ありかちゃんに、どうしても私の想いが伝わらない。
自分の心が、周囲の潰れた精神に混じらないようにするので精一杯だ。この制限された炯眼の力を全てありかちゃんへ振り絞り、心変わりするのに賭けてみるか? 失敗すればすぐさま自分という精神を失う……あるいは途中で炯眼を燃やす意志さえ無くしてしまうかもしれない。
ああ、くそ。
もっといい方法があったはずだ。なんでいつも私は器用とは程遠いの!
高校のみんながバラバラになりかけた時だってそうだ。
あの時はもっともーっと上手くやれたはずなんだ。ちょっとした言葉掛けや場面さえしっかり選んで立ち回れば、みんなが傷つく必要はなかった。よくみんな私に呆れたり愛想尽かしたりしないな。本当にいい友だちばかりだ。
ただ思い出に浸れていればいいんだけど、そうも言ってられない。
「おめでたい頭ですね……まだ信じていられるの? 少しは疑いなさいよ、もう駄目なんじゃないかって。心のみが影響を受ける世界で、なんでそこまで自分を崩さず持ちこたえていられる!?」
ありかちゃんの意思が青い輝きを放ち、周りの精神が指向性を持って私に群がって来る。最初のうちは魚が泳ぐみたいにすいすいと避けていたが、同じ場所に少しも留まっていられず炯眼が途切れそうになったので、耐える方に比重をおいて凌いでいる。水の中にいて、水が襲い掛かってくるような理不尽さだ。
どうやって、どうすれば……
「その考え続けるのを止めてくださいッ!」
「はあっ……はぁ……っく」
全身を鷲掴みにする圧迫を事前に感じ取った。それに耐えられるだけ心を燃やし辛うじて耐える。……落ち着け。頭を熱くさせるな。私の身体はここから遠く、無駄遣いはできない。
いまある炯眼の力で何とかするんだ。私が吸っているのは酸素じゃない。呼吸をしている気になっているだけ。囚われるな、考え続けろ。
どうやって、どうすれば――ありかちゃんを助けられる?
「いい加減に……叶いもしない妄想を抱くのは止めてもらえませんか? なんにも出来ない。それはもう理解されましたよね?」
「……」
「私は辛いこと、耐え難いことがあるたびに心を閉ざしてきた。この偽りの精神は、幼く未熟な自分を覆い隠すのに好都合だった。余計なお世話ばかりだったけど、それだけは白に感謝しないとね。ああ、あと
「お願いありかちゃん。話を聞いて……」
「父様と母様の絆も切れた。私がそうしたの。家族の記憶も、この闇から引き出すことはもう不可能です……そんな救いようのない魂を、いまさら光の中に引っ張り上げて、どうするのですか? また強く、思うだけだ……死んだ方がましだって」
そんなことない、と叫ぼうとして締め上げられていた力が緩んでいることに気付く。私に向かっていた敵意や傷付けようとするにおいも薄れている。
ありかちゃんに迷いのにおいは一切ない。それはこの精神世界に来てから少しも変わらないことだった。
説得が効いた? いや、聞いてくれる気になったのか。
「貴女の心を折ることは出来なかった。でも、貴女の繋がりを引き裂くことなら難しくない……めぐみ様。自分の思う、絶対に無くしたくないものが混ざり……何をしたって取り戻せないって理解した時。人は誰だってどうでもよくなる」
「……まさか」
「きっと貴女でもそう。自分自身の絆が絶たれれば……あはははははッ!」
彼女の意識が向かう方へ顔を上げる。
私から伸びている炯眼の糸に、いつのまにか闇が群がっていた。
* *
「自分を守ることには細心の注意を払っていましたが、魂と身体を繋ぐ大切な糸のガードまで心を配るべきでしたね。貴女が動きを止めて耐えることに集中した時、気付かれないよう意図的にこちらへ意識を向けさせていたんです」
「炯眼の力が……伝わらない!?」
「いまさら発動させても無駄ですよ。この一点だけは私が支配しました。そしてそれはあなたの命を握っているのと同じ……海に潜るときに無くてはならない酸素ボンベのチューブ……外すのも切断するのも、こちらの意のままなのですから」
「や、やめて……そんなことをしたら!」
彼女のにおいは変わらない。
やるといったらやる、見えない意志が形作る圧力を感じる。
炯眼の糸が、心の繊維みたいなものが――ぷつぷつと切れていく。
綱引きの要領で、思いっきり力を込めて引っ張り合っている!
私の大切な繋がりが……ひとつも残らず、千切れる?
「お願い! それだけは……ッ」
「いい顔だわ……私と同じ顔。いくら幸せで輝きに満ちた人でも、そうなるのよ。そして懇願を否定された顔もきっと似ているでしょうね。あははハハハハ……だからさァ、私と同じ目にあえ!」
プツンと、私の繋がりはあっけなく切れた。
すぐに息を止めているような苦しさがイメージされて膨らみ出す。
「あ……、いき……が……」
「現実にある、貴女の身体のことはお気になさらず。頼廉がちゃんと面倒見てくれると思いますよ?」
「らい、れん……?」
面倒と言われて、一瞬ライレンが植物人間みたいになった私を甲斐甲斐しく世話を焼く光景が浮かんだ。
たぶん、あれだ。介錯。
見苦しく庭園を這いずるだけの存在となった私を、ライレンが苦しみなく殺す……そのことを言っているんだろう。確かに脳裏をよぎったことがある。もし、何もかもが失敗に終わり、あらゆる生き物の精神を支配され……私とライレンだけが取り残された世界で……
私が生きる気力を失ったら、彼が終わりを与えてくれるかも、と。
今はどうだ? 私はどう思っている?
ああ、考えがまとまらない。
なにも思い浮かばない。
ただ沈んでいくだけだ。この暗い精神の底へ――
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