第61話 疑いなく信じられるもの




「……武市さん!?」


 銃声とともに、武市さんが数歩後ろに下がってから倒れた。

 発砲した反動? 俺ならともかく、拳銃を撃ちなれてるはずなのに?  

 

 そしてもし気のせいじゃないなら……武市さんの手が不自然にねじれて、。 

 なんだ? 何が起こってる? 布石は完璧だったはず――


「最後の弾丸。必中の状況を作ると思ったよ」


 小さなささやきが聞こえた。さきほどのくぐもったトカゲの声じゃない。元の顔付きに戻ったライレンのものだ。いい声すぎてしゃべるには無駄じゃないかってくらいの……


「そこの婦警に触れていた刹那、法眼で仕込んでおいた。人さし指を折る引き金を引く動作をトリガーにして、肘と手首を内側にたたむように。お前たちがどんな策を弄していようと不発に終わるようにな」

「刀と拳を交わし合う、あの一瞬でかよ……!?」

「弾が切れたのなら拳銃を失ったと同じ。もうお前に出来ることは何もない。それとも他にあるのか? 剣閃の間合いをかい潜り、俺を殺せる手段が」


 後ろで倒れた武市さんが気になるが、視線を向けられない。

 おっさんは俺の隙や仕掛けざまを容赦なく狙う……そういう顔してるぜ。

 それを語るように、むせ返るほど濃い殺意のにおいがする。 


 両目を閉じた。

 いまこの瞬間に自分の首は飛んでいるかもしれない。

 ある意味自分を捨てながら、ライレンの意思を信頼している状態だ。

 いま俺に出来ることが、一つだけある。殺すことはかなり難しくなってしまったが、まだ終わっちゃいない。集中しろ。もっと深く、もっと……心と繋がり、この想いが通じるように。






  ҉     ҉








「くはっ……はぁ……ぐっ……」

「祈りは済ませたか?」


 ライレンの一言には応えず、眼を開けた。伝っていた汗が目の中に入る。

 深呼吸をどれだけしたって、心臓の高鳴りは収まらなかった。


 時間が経っても、武市さんが倒れおっさんと対峙していることは変わってない。大願へのカウントダウンは刻一刻と進み、上の階の火事は燃え広がっているようだ。においで分かる。消火活動はもう始まっているのか? 消防隊はとっく駆けつけてもいい頃だ。

 しっかり鎮火しておいてくれよ? なにせ……大願を止めた後は


「祈ってなんかねえよ。神様に手を合わせたって何にもならないってことを、俺たちは知ってる。降りかかる不幸から守っちゃくれない。その心の傷を癒すこともな。願うのに両手を使うくらいなら、あがくのに振り回した方がまだマシだぜ」

「……ならば、今の間は? 時間稼ぎか? 確かに絶望のにおいは感じない……何の……何に期待している?」

「さてね。知りたきゃ俺をぶった斬るかして、確かめてみたらどうだ」

「口八丁で煙に巻くつもりなら……む」


 ライレンの視線が俺の後ろに向いた。つられて振り返る。もし不意打ちや隙を突くつもりなら成功していたが、その気配はない。 

 

 脱ぎ捨てられたスーツの上着がある。

 続いて防弾チョッキがあった。胸の部分に弾痕が確認できる。そうか、服の下に武市さんはこれを着込んで――

 

 そこで思考が停止した。 

 ブラジャー落ちてる。なんでブラジャー? 

 っきいのにフリルのちょっとした装飾が……でも脱ぐ必要ある?

 あ、ブラのワイヤー部分が歪んではみ出てる。着弾の衝撃で壊れたらしい。だから脱ぐ必要があったのか。

 

「上等だクソが……バケモノはあたしと、特対課うちが殺す……!」


 すごいでかい。

 シャツを張らせている胸が溢れんばかりにふるふると揺れている。ボタンが心配なくらいに中身が詰まっている。まだ水風船でも装着しているのかな? 


「でか……」

「ええ、刑事デカの誇りにかけて、あなただけは必ず守ります」


 武市さんはそばにある根元から折れた警棒を拾い上げた。

 警棒の握りをくるくると回しながらを確かめる。法眼の仕込みはたぶん他にはない。人さし指だけを絞る動作さえしなければ何をしても支障はないはずだ。


「逃げるという提案を聞き入れる気はありますか?」

「ない」

「でしょうね。なら……攻守交代っス。あたしがディフェンスを引き受けます。そちらはオフェンスを。拳銃は使えません。どうにかして一撃は食い止めますから、頭を蹴り抜いてください。昏倒か気絶までいかなくても、意識を失う数瞬があれば、こちらで即死させる方法をとります」


 さっきより部位狙いなぶん難易度は上がったな。武市さんも壊れた警棒じゃあまともに受けられない。いよいよ時間もないうえに、追い詰められた。

 でも何とかやらなきゃ。まだ試合終了には程遠いんだから。 


「……違うな。二人がかりでは、もう俺を斃すことはできない。なのに何故だ? 無駄なあがきとは欠片も思っていない、透き通ったにおいがするのは……!?」

「確かに俺と武市さんじゃおっさんにゃ勝てなくなった。せいぜいできるのは遅延行為くらい。でもよ、あいにく劣勢をひっくり返すオフェンスなら俺より適任がいる」

「そうか。ここに至ってもなお、信じられるのだな」




 石組によりかかっているメグを見る。 

 意識を失っていても、ありかちゃんの手を握ったまま離してない。彼女を助けようとしてるのが分かる。だからまだ……諦めるワケにはいかない。




「フットサルの大会でもそうだった。誰もが負けを思い描く場面で、決勝点を挙げられる……メグは希望を最後まで手放さないのを、俺はよく知ってるんだ。あいつが頑張り続けたことで、上手くいかなかった時なんて一度もねえんだよ!」




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