第60話 一流に属する技術




「場違いなことをお聞きしますが、いま大学生でしたっけ?」

「ああ。来年で卒業になる」

「もし就職活動や進路で迷われているなら、警察官……ウチの課に入る気はありませんか? あたしが言うのもおかしいんですが、向いてると思います」

「スカウトって奴か?」

「はい」


 武市さんが急に話を振ってきた。

 目の前7、8メートル先には歴戦のリザードマンが闘いの構えを見せているのに、悠長なことだ。


 ライレンはこんな見え見えの誘いには乗らないだろう。まあ、お互い手足の感触が万全になるまで時間は稼いだ方がいいか。それにしてもスカウト、ねえ。サッカークラブの勧誘ならともかく、警察からお声がかかるとは思わなかった。

 俺は無意識のうちに笑っていたらしい。 


「お誘いは嬉しいけど、あいにくプロのサッカー選手になりたくてさ」

「あらら、目標をお持ちでしたか。それもずっと前からの夢って感じの」

「いや? 今決めた。。辞められず、離れられず。それなりに練習してれば、もしかしたら都合よく誰かが俺を見つけてくれて、そこから運命が変わるんじゃないかって思ってた。でも……そうじゃないよな」


 漠然と歩いてるだけじゃ、夢には近づけない。強く信じて向かって行く。その意思さえ持ち続ける限り、願いは叶えられる。それは、メグがいつもそうやって見せてくれたことで……俺はそうする機会を、いつも見送ってきた。

 

「コーナーキックやフリーキックなら誰にも負けないって瞬間が俺にはあった。もう過去の活躍やちょっとした栄光にもこだわらない。なりふり構わず、叶えるまで挑戦してやる」

「なら、と組めればいいですね」

「この場でのコンビは武市さん、あんたが頼りだ。チャンスが残っている限り……諦めてたまるかよ!」


 武市さんが片手で持っていた拳銃を、両手撃ちのスタイルに切り替えた。

 それに呼応するかのようにライレンの構えも一歩引いてやや半身になり、刀身を眼前に置き波打った刃文はもんを見せている。

 武市さんではなく、俺の方に視線を送りライレンが口を開いた。


「失せろ。そこの婦警と違い、お前は闘う技術を持たぬ人間だ。炯眼の装甲も剥がれた今、次はどちらかの足を失うぞ。見逃してやる……今なら火事の炎や煙に巻かれることなく紫雲山を出れるはずだ」

「おいおいおい、いまさら慈悲や哀れみか? それとも人の夢を聞いた程度で、やっぱ殺すまでもないって思われたってことかよ? おっさんらしくねえな」

「誇りも、信念も、何もかも……大願を前にして崩れ去った……いますべての行動は、辛く苦しくも我が成す道の上に沿っている。らしくないといえばその通りだ。ただ、お前に言いたくなったから言ったまで」


 駆け引きのは無い。

 そりゃそうだ。いままで一緒にいて人を騙そうとか陥れようとかする言葉を、おっさんの口から聞いたことがねえんだから。


 純粋に俺を気にかけてくれている。意地で命を捨てるなと、引く気がほんの少しでも残ってるなら別の道があると言っている。もしかしたら、俺がつっぱねることさえも承知の上でいるのかもしれない。


「それってよぉ……バカにしてるよな? メグを置き去りにして、しっぽ巻いて逃げろってことだろ? 説得以前の問題だぜ……ふざけてんじゃねえ!」


 手に握り込んでいた石を足元へ落とし……迷わず蹴り抜く。

 石は直線的な軌道でライレンの胸に当たった。少しの身じろぎもしない。


「こんなもの、なんの脅威にもならん。どうにか残り一発の弾丸を、急所に撃ちこむための布石としたいようだが……せいぜい肉を裂き骨を割る程度……避けるまでもないな」

「そう思うか? 試しにシュートしてみただけだよ。心臓の位置を狙ったんだが……どうだ? なかなかの精度だろ? 石ころなんて蹴り慣れちゃいないが、

「……ほう」

「おっさんの方こそ覚悟は出来てるか? 今なら見逃してやってもいいぜ」

 

 シュートしたのとほぼ同じ大きさの小石を、足と膝で何度かリフティングして見せる。重さと形から変化したタッチは微調整した。少なくとも、さっきより大きく外れるってことはない。そこは確信が持てる。


 ライレンが口端をわずかに歪めて笑い、片手を胸に添えた。

 そこに留まっていたボタンが割れている。血がにじんでいるけど、本人の言う通り戦闘には支障ない。おっさんを先に動かさない限り、拳銃の弾は急所に当たらないのは確かだ。

 俺には人を殺すような技術なんて磨いてないが、イメージした場所にボールを蹴り込む技術なら……プロにだって負けねえ!

 

 小石をベストな位置に浮かせて――右足を鋭く振り抜いた。

 

 充分な回転と速度を持った小石が、ライレンの右側へと飛んでいく。

 構えた刀の範囲を超えて、その横を抜けて通過しかかる。

 

 戦闘に関しちゃ俺が十人束になったって負ける。でもよ、お互いにしっぽ巻いて逃げられない、その理由にこそはあるんだ。


「おおおオオオッ!」


 ライレンが吼える。

 外れるかもしれないって思うか? 傷付いても後で治せばいい?

 ……そんな男じゃねえよな。





 薄緑の剣閃が弧を描き、小石を叩き割った。

 真っ二つになったカケラが奥の石組に届かず、白砂の地面に突き刺さる。石組には変わらない様子で、ありかちゃんとメグが寄り添ってもたれ掛かっていた。




 じゃあな。おっさん。

 



 心の呟きに応えたと錯覚するくらい自然に、ライレンは口端を上げて笑う。

 ほぼ同時に、短い発砲音が庭園に響いた。







 

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