第59話 足掻いても越えられない壁





「ぐうっ!?」


 武市さんがライレンの一撃を正面から警棒で耐える。

 高い金属音とともに、警棒が根元近くから切断された。

 まともに刃を受けた結果だが、あの一撃に合わせられただけ凄い。見上げるほどの位置から飛んで来る斬撃なんて、初めて喰らっただろう……当然受けたことも。


 地に落ちた緑雷が、間髪入れずに天を目指し跳ね上がる。

 武市さんの警棒はあっけなく弾き飛ばされた。手が痺れていたのか、おっさんの隙を誘ったのかは分からない。ただ最初から織り込み済みのように武器には固執せず、ライレンの足の間へ小石が砕けるほど踏み込んで、体重をかけた肘打ちをカウンター気味に合わせた。


 おっさんが油断していたなら、武市さんの白兵技能が上を行っていたなら、決まっていた渾身の一撃だった。だが、命中していない。片手で武市さんの右肘をなぞるように数センチ、軌道をずらしている。

 そのままライレンは刀の柄頭を交差させて肩口を狙った。命中すれば鎖骨が折れて、拳銃も扱えなくなる威力と速度。


 じゃり、と武市さんは小石を踏んで、躱すと同時に距離を取ろうとする。

 そう動くしかなかった。そしてそれはライレンの刀の間合い。

 片手がしなやかに伸び、刀身がまるで扇を開くような軌道を描く。切られる。真剣での面有り一本、ってことは武市さんの顔が真っ二つに割れる――


「させるかッ!」


 横から右足で蹴り上げ、ライレンの刃に思いっきりぶつける。

 ……ひび割れて砕ける嫌な音が、骨を伝わって聞こえてきた。


 。おっさんの頭を狙うなら

 

 頼むぜ。俺は撃たないでくれよ!?

 祈る時間は思ったより長く続いた。いつまで待っても発砲の音は聞こえてこなかった。そのうちにライレンは刀を上段に構え顔面をカバーしつつ、大きく距離を取る。


 ヤバい! 立ち位置が入れ替わった。

 ライレンのすぐ横に、メグとありかが石組に寄りかかっている。

 刀を振るえば、メグは抵抗できない。メグが、切り殺される……!


「ふしゅるるるぅ」

「……脳みそまでトカゲになっちまってるのか? おかげで助かったが」


 ライレンは横のメグたちが見えていないように、呼吸音と瞳をこちらに向けている。明確な順序を付けているのか、俺の想像が及ばない理由があるかは分からない。本当に知能や記憶まで変貌させたとは、漂ってくる感情のにおいからしても考えにくいが。


 まずは俺たちの排除を最優先、ということは間違いないみたいだ。

 武市さんが鼻血も拭わずに、こちらに声を掛けてくる。

 

「すみません……絶好のチャンスを逃してしまいました」

「いや、切り抜けただけ運が良かったよ」

「……その、足は大丈夫なの? 骨まで断たれて、皮だけ繋がってるとかじゃないわよね?」

「問題ない」


 いまの攻防で、支払った代償は…… 

 拳銃の弾一発。警棒の破壊。武市さんのダメージは脇腹の負傷が一番でかい。肋骨とか大丈夫なんだろうか? 話してる感じだと大丈夫そうだけど。顔のケガは青あざになっている。あれでもライレンにとっちゃ蹴りに繋ぐ軽いジャブ程度のモンだったんだろう。

 やっぱり警棒を斬られた時の衝撃で、手が痺れているな武市さんは。拳銃を握る手がわずかに震えている。まだ撃てない。とても頭を狙うのは無理だ。少し時間をあければ感触は戻ると思う……おっさんにバレてなきゃいいが。

 

 そのうえ――


 靴のつま先をトントンと地面に打ちつける。

 赤い欠片が裾と切られたすき間からぱらぱら落ちていく。メグから借りていた炯眼の装甲も残らず砕かれた。さっきは深く考えなかったが、この足でもう一度刃と蹴りをかち合わせたら、。ボールのリフティングを見せられなくなるし、メグに一生後悔させ続けることになる。それはマジで勘弁だな。


 おっさんはどこまで把握している?

 俺以上に仕草やにおいで察知できるはずだ。確信が持てないから仕掛けてこないのなら、武市さんの手が回復するまで待ってろ。俺の足も、実は痺れててまだ上手く動かせねえし。


「あたし達をよく観察してるッスね。それプラス、このまま時間切れになってもいいと判断してる……ムカつくくらい冷静だ。心まで鉄に変えてるんスか?」

「はは、何したって動揺しそうにない面してるしな。言えてるよ」




 武市さんがスーツの袖で鼻を拭う。

 その下で悔しそうに、歯をすり潰すくらいギリギリと噛みしめている。




 武市さんの手は傷だらけだった。手の甲も手のひらも。

 今受けた傷じゃない、もう治っている……打たれ、切られ、爪を握り、牙を受け、獣にでも噛まれたと言えば納得するかもしれない、古傷とも言えないような傷。修練を重ね、実戦で研ぎ澄ませたにおいがする。

 無数の暴力を退け、守り、繋いで来た手が――力なく虚空を掴む。



「あたしは、自分より強いバケモノだって始末してきた。しかし、こいつは……! 今まで出会ったどんなバケモノたちよりも執念じみたしたたかさを感じる……何より厄介なのは人の練り上げた武道を油断なく扱うってことだ。それも、あたしよりも遥かに上をいく武道を……!」



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