第45話 迅雷風烈




 地下一階は少しひんやりとしていた。心なしか床の板張りも冷たい。

 ライレンの背中を見ながら、周囲の様子を伺う。


 作戦を立てた時や、紫雲山への侵入と脱出経路を憶えるシミュレーションに、地下は入ってなかった。奥にありかちゃんの部屋があるとしか聞いてない。すんなりそこにいればいいけど……。


 パッと見て誰もいない。長い廊下の先に、確かに部屋がある。

 そして両サイドのふすまの空間はそれなりに広そうだが、色んなものが仕舞われているのがえる。……図書館みたいにぎっちり何かが保管されている部屋みたいだ。


「……イヤなにおいがする。おっさんはどうだ?」

「ふむ。向こうが戦力を固めるならここだ、と踏んでいたが」

「確かにね。

「ひぃふぅみぃ……九人か。欲を言うならハクの力が存分に使えるようになるまで、待つことが出来れば……」

「わぅぅ!」

「ああ。もちろん今のお前も頼りにしているさ、白。こちらもあちらも時間もなく万全とは言い難いが、待ち伏せたのなら相応の準備や覚悟が出来ていると……判断させてもらう!」


 ライレンが太刀をふるい、左側の襖を袈裟斬りにする。

 和風の絵が滑るように割れて落ち、奥にいた男の拳銃も同じように破壊されていた。男はそのまま呆然と座り込んだまま、ライレンを見上げている。

 肉体ではなく、意志や心へ刃を通す……そんなイメージが湧く。


「どうした。俺を打ち倒したいのなら、矢でも鉄砲でも持ってこい……ん、これは煙……煙幕か?」


 襖と廊下から、白く沈んだ煙が漂ってくる。

 ライレンの手振りジェスチャーで一度階段へ戻ろうとしたが、拳銃で撃とうとしていた男に何の変化もなかったため、立ち止まる。


 ってことは毒や催涙ガスの類いじゃない? 男にガスマスクなどの装備は見当たらないし、本当にただ視界を遮るための煙幕。だとしたら向こうで指示している人は的外れなことしている……というか、バカなのか?

 

 いまの私たちなら、目をつむったって人の気配は分かる。敵意や殺意を込めるタイミングも計れる。そっちの視界を悪くするなんて、自分で自分の首を絞めるだけだと思うけど……

 

「ライレン。来るわ。正面から二人」

「応!」


 すでに構えていたライレンが、小さな刀を二つ投げた。

 野球とダーツの早投げが合わさったようなフォーム。小柄こづかって呼んでいたその武器は、やっぱりダーツのようにまっすぐ煙幕を突き抜けて、正確に廊下奥で拳銃を構えていた男たちの手に命中した。

 

 手の甲を抑えながらうめき声をあげ、男二人は後退していく。

 それだけじゃない。残りの人達も、敵意を燃やすというより逃げることに意識が向いているにおいがする。

 

 逃げる? 最初から目をくらますだけの、逃げるための煙幕?

 わけ分かんない妙な感覚だ。思考がずれているような。

 

「ライレン。なにかが……」

「伏せろッ! 爆弾だ!」


 私たちが姿勢を低くするより速く、ライレンは前に踏み出し刀で切り上げる。薄緑の風が逆巻き、煙ごと両断するかの勢いで、棒状の金属が空中で破壊される。

 壊れた爆弾が落ちる前に、床を叩く音がした。

 何かが一つ転がる音。


 あれは? 鉄の、パイプみたいな――


 それが何か想像する前に、二つとも形状が同じことに気付き、眼を閉じた。両腕で覆い、まぶたの裏になお見える炯眼の視界に、ひとすじの白い線が走った気がした。
















 大きな床の揺れが収まり、静寂が訪れる。




 両腕のすき間から、うっすらと目を開けた。

 煙幕は左右の外れたふすまの方へ漂い、視界は晴れつつある。身体はなんともないし、耳とかにも大した影響はないみたい。

 そうだ。みんなは――


「無事か?」

「……そっちも平気みたいだな。おっさん」

「ええ、大丈夫よ」


 大きな背中を見て、ほっと一息つく。

 爆風とか破片とかから守ってくれてたのかな?


 伏せた体勢から起きて、ライレンの背中越しに廊下の奥を睨む。壁の向こうに大勢で隠れてるのか? でも炯眼で見通せるから意味がない……

 

「シロ!?」


 廊下の中央。

 ちょうど爆弾が転がった場所に、シロがうずくまっていた。

 爆発するとき、シロはあれに覆いかぶさったってこと?

 私たちが傷付かないように。


「ライレン! ケガを診てっ! 向こうは私が食い止める!」   

「……ああ」


 廊下から顔を出す奴らを片っ端から操ってやれば、時間はいくらでも稼げる。ライレンがシロの傷を治すまで余力だって残せるくらい。

 炯眼を燃やし、赤い糸を伸ばそうとする。

 でも、いつもみたいに上手くいかない。

 

「炯眼が……薄れてる……? こんな時に! はやくシロを……」

 

 この瞳はいつも、私の意思と連なって動いていた。

 弱気になる時はしぼみ、やらなきゃと思えば思うほど膨れ上がって熱を放つ。私の魂の状態を写す鏡みたいに。 

 鮮やかな緋色になるはずの炯眼が、不安定にゆらいで薄くなっていく。

 感情や精神を震わせてどれだけ込めても、伝わらない。


 シロの毛を撫でるように手を乗せたまま、ライレンは動かなかった。

 実際に傷を治してもらったし、その光景を見たことがあったから分かるけど、法眼の力が出てない。あの暖かい薄緑の光も見えない。


「シロ……ああ、シロ!」

「おっさん、このままだと両隣の部屋から囲まれるぞ! 退くのか!?」


 お互いの叫びが交錯する。

 そして、声を掛けたどちらにも。  


 もしかして、とっくに治ってる……?

 前にコウちゃんの傷を治療した時みたいに、ここでは応急処置だけして安全を確保した場所でもう一度診ようってことか? 

 爆風を受けて、気を失ってるのかもしれない。

 

 音も小さかったし火薬の量だってそんな多くないよきっと。

 だから、はやく眼を覚まして……!


 シロと床の間から血が流れる。音もなくコップの水がこぼれたように。白い体毛が血をはじいて拒みながらも、徐々に染み込み汚れていく。

 私の心臓の鼓動が、どんどん大きくなる。


「シロのにおいが……途切れ、て……わからない」

「くそ野郎ども、やりやがったな……!」


 コウちゃんが低くうなり声をあげながら、辺りを見回した。

 男たちが私たちを取り囲んで拳銃を構えている。壁や襖を盾にして一定の距離からは近づいて来ない。

 ライレンが刀を振るっても届きそうにない位置取りをしてる。


「おやおや、これは期待以上の成果となりましたな」


 廊下の奥から慇懃無礼な声がした。

 眼鏡をかけた中年の男性が、しゃらしゃらと装飾の多い袈裟を揺らし、皮肉や見下す含みを滲ませて楽しそうに歩いて来る。




「金久保……!」 

「おおっと、動くなよライレン? かつての部下の銃口が狙っている。いかに剣技の達人といえど、今ではどうしようもあるまい? 貴様だけならこの境地、逃げおおせるかもしれんが……連れてきた者は死ぬぞ」



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