第43話 紫雲山逆襲



 紫雲山、源処寺の正面門。

 短いクラクションで、数名の護衛が遠くに停まっている白い車に気付いた。


「あの送迎車……ライレンだ。本当に来やがった。おい、他の奴らも呼んで来い! ここの見張りだけじゃ手が足りねえ」

「ライレン様が造反するなど、いまだに信じられん。我らのあずかり知らぬところで、何か起こっているのではないか?」


 しゃべっている二人は……見覚えがあるな。

 最初に炯眼の実験台にした、ありかちゃん付きの護衛だたぶん。見張りに格下げされたのかな? 本堂での襲撃じゃ囮になってもらったし、


「さぁな。金久保一派がこそこそ何かしてたくらいだ」

「昼間に訪れた客たちが、次々に体調不良で倒れている不審もある」

「そりゃあライレンたちの襲撃があったからだろ? 気分も悪くなるさ。事実、ライレンにケガを負わされた連中は死んじゃいねえけど意識不明だ。治療後しばらくして魂が抜けるように、ってのは妙だと思うが」


 金久保たちの動き、ねえ? それに情報操作。

 まあ紫雲山は正義こっちは悪、って筋書きは当然立てるわよね。大願の状況もまったく知らない感じ。はるか上空では門のすきまから白い糸が垂れて来て、わたあめ製造機かってくらいどんどん量が増しているのも知らない。

 天眼無しに護衛を使うんなら、とても言えないでしょうけど。

 

 そして、門を創造するため……信者や動けない怪我人の精神を捧げた、ってところか。残酷だな。

 もっとも今から私たちが起こすことと、そう違わないが。


「どっちにしても向こうはありかお嬢様に用事だろうよ。刀を構えたあいつの前に立ちたいか? ……イヤだよなぁ。俺もだよ」

「む、車が向かって来る。まっすぐここに!」

「総員射撃体勢をとれ! 拳銃マカロフじゃエンジン、タンクは抜けん! 狙いはフロントガラス、次いでタイヤだ。走行不能で勝手に事故ってくれりゃあ言うことはない!」

「撃つのか!? さっき一度の発砲でさえ、婦警にしつこく聞き回られたのだぞ? 今度はどう言いくるめる?」

「あとで金久保にでも押し付けてやれ! さあ撃て! 撃ち殺しても構わん! 大願が残らずお救いくださるぞ!」


 ぱん、ぱぱぱぱぱっ!


 まとまった破裂音とほぼ同時に、車のフロントガラスにクモの巣が張り、みるみる全体にひびが入っていく。

 思ったよりピストルの音は小さくて、怖い感じじゃないけど……ってぞくぞくした緊張がある。




 いけ……いけ! あははハハハッ!

 いいぞ! ただまっすぐいけ!




「う、撃たれてんのに少しもブレねえ。ターミネーターかあいつは!」

「門にぶつかるぞ! みんな避けろッ!」


 護衛役が左右に転がるのと同時に、全速力で正面門をぶち破り、石畳と砂利道に大きく車体が跳ねた。前輪片側のタイヤが撃ち抜かれていたようで、傾いて蛇行しながらスピードが落ちていく。

 

 さっきより狙いやすいのか、車の両側や後ろも弾丸が命中し、穴やガラスのひびがいくつも出来る。やがて完全に止まり、動かなくなった。


「射撃やめ! 奴らが出て来るとき、撃ち込む弾ァ残ってるか!?」

「車後方から半円で囲め。ガラスのひびで車内は確認が難しい、どんな動きも見逃すな」


 男たちは扇の形で油断なく距離を取り、銃を構え直す。

 ライレンの言っていた……ホールドオープン? スライドが後ろで止まっていない、ってことは、弾切れのピストルは一丁もないらしい。車を囲んでいる護衛役たちはまだ撃てるし撃つ気も削がれてない。


 先ほどの銃声が鳴り響いていた時と違い、静寂が訪れる。割れたサイドミラーが剥がれ、砂利に落ちた音が強調され、周りによく響いた。誰かが息をのむ音も。


「見てこい加藤」

「……」


 粗雑そうな方の護衛が、年下っぽい見張りの一人に声を掛けた。見張りは震えながら無言で頷くと、銃を撃つ姿勢のままゆっくりと歩き、車との距離を詰めていく。


 恐る恐る、と言った感じで手を伸ばし、運転席とは対角の後部座席ドアを静かに開けて――引いた勢いで飛びずさる。自らの作った隙間から覗き込み、やがて首を傾げる。


「だ、誰も……誰もいません」

「なんだと? そんなバカなことがあるか!」


 護衛が見張りを押しのけるように立ち位置を替えて眺める。そのまま拳銃を差し込むようにしながらドアを大きくあけ放ち、取り囲んでいた者たちも陣を狭めて確認した。誰もが似た反応をする。狐に化かされたような。

 ……化かしたのは


 持ち場を離れ、ぞくぞくと屈強な男たちが集まって来る。

 どう説明したものかと、元護衛二人は顔を見合わせるしかなかった。


「アクセルを固定して、無人のまま直進させることは細工次第で可能ではある。だが、走らせる直前……つまりクラクションが鳴る前後、車から人が降りた気配は無かった。説明がつかない。幽霊が運転していたとでも言うのか?」

「じ、冗談だろ。んな事……」


 クラクションが短く鳴った。

 そうだ。と車が聞き耳を立てて返事をするかのように。








  ҉     ҉








『外にいるものは概ね釣れたな。さて各々おのおの首尾はどうか?』

『本堂クリア。誰もいないぜ。この辺じゃない、ってシロも言ってる』

『わぅ』

『外はぜんぶたよ。クリアだね。あ、一人だけ精神を操ったけど、何も知らないって。門の創造に利用された意識不明者の中で、亡くなった人もいないみたい』

『そうか。それは幸いだったな。こちらは倉庫と物置小屋をすべて探したが、ありかはいなかった。クリアだ。こちらも手ごろな見張りを捕まえていてみたが、何も知らないようだ』


 ライレンの尋問か。

 運が無かったというか……災難だな。恐怖と痛みを伴うからね。


 外にいま出てる人たちはありかちゃんの居場所……というか目を失ったことすら知らされていない。つまり見張りや護衛が普段出入りしない場所……倉庫とかでもないなら相当限定された?


『紫雲山からありかは出ていない。特定までいかないが分かる。天眼のかすかな繋がりが感じられる。庫裏くり、客院……源十郎やありかの居間か、近くの階段を降りた地下。十中八九そこにいるな』

『なら情報収集とクリアリング? は、終わり?』

『ああ、一度集結する。ハク、めぐみたちの案内を頼む。俺は見張りを少し減らしてからそちらへ合流だ』 


 短時間で隠れたまま潜入、そしてありかちゃんのいる場所の絞り込みに成功。ここまでは上出来ね。日没まであと2時間ちょっとは猶予がある……だだっ広い紫雲山を闇雲に探すわけでもなく、室内ならシロの鼻もより細かく嗅ぎ分けて探せるだろう。

 もちろんすべてが目論見通りに転がるわけはない。


 まぎれや想定外は、ひとつひとつぷちぷちと潰していく。ありかちゃんを助けたいって気持ちに、引っ張られ過ぎるな。傷を付けた奴への怒りは


 ――いま心に灯すべきは、焦らないことと諦めないこと。あとは余計だ。


 なのに私は……

 こんな思い、保育士として相応しくないかもしれないが、ありかちゃんに恐怖や痛みを受けさせ、苦しませた者に……

 

 きっと、ライレンは自分よりも強くそう思ってる。止める気も一切ない。 

 



『法眼で走らせた車……人が集まっている間に入り込むとしよう。駆けつけて来る警察の対応は外の護衛に任せておくさ。拳銃を撃つことに躊躇いが出ればいいが、大人しくなるかは分からない。気を引き締めていくぞ』




『『了解!』』

『わぅ!』



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