第36話 Watershed



 

「宝珠を――っ?」

「け、蹴っただァ――!?」


 宝珠の落下地点は、右足で蹴った瞬間に分かった。

 ……ミスキックだ。かなりズレてる。

 

 高校のフットサル大会、逆転優勝した場面を憶えてるか?

 メグへ送った最後のパス。あれだって俺のミスキックだったんだぜ? 子どもの時の嫌な思い出が頭をよぎっちまって……本当は負けるはずだった。ミズキとハルの時もそう。彼女と一番の友だちを傷付けて、もう届かないって諦めてた。俺は、同じ後悔を繰り返すはずだったんだ。


 でも今は違う。

 俺は心から繋がることだけ信じて、右足を振り抜いた。

 子どもの頃の俺には出来なかったことだ。


 サッカークラブを辞めてから……

 どうすればよかったのか、あれからずっと考えていた。

 ちゃんと自分が普段思ってたことを、伝えればよかったんだよな。


 俺だって何度も何度も試合でミスキックしたくせに、その時は忘れていた。俺が難しくしたセンタリングに、あいつはいつも合わせてくれていたことも。ゴールを決めた時、二人して驚きながら肩を寄せ合ったのも。


 負けた後にあいつを責めず、自分だって失敗をたくさんカバーしてもらってたってこと、言ってあげればよかった。そうすりゃ俺もあいつも……同じ夢を追い続けてたかもしれない。

 信じて疑わず、お互い助けられながら。


「――ナイスパス! コウちゃんっ!」


 メグがギリギリで宝珠を捉え、客席のパイプ椅子を踏み台にして跳んだ。

 胸を張って宝珠をトラップし、勢いを完全に殺して足元へ落とす。そのまま空中でボレーシュートの要領で、本堂入り口へ宝珠を蹴り飛ばした。


 顔バレを避けてたれ耳キャラのフードを被ってるから、メグの視界は悪い。……ただ炯眼の補助もあって、宝珠ボールはかなりの精度で目標地点に向かっていく。俺と同じくらいのズレ。


「女性? 炯眼と、たれ耳の白いフード……!?」

「誰か宝珠を受け止めろ! あのふざけたパーカーの女も逃がすな!」


 金久保が周りに指示を出す。

 だが、どうしたって伝達には時間差がある。

 人は急に期待通り動けない。想定してなけりゃ尚更な。


 ナイスシュートだ。メグ。


 お前のおかげで、俺は後悔と向き合えるようになったよ。

 今まで出会った奴の中でも、お前ほど最後まで諦めない奴はいない。

 迷ったってくじけずに進もうとする姿が、ずっと心に灼き付いている。 

 本当にすごい女だよ。だから俺は……メグのことが好きなんだ。


 お前はもう成功を確信してるだろう? 俺もそう思ってる。

 悔しいが、俺と違って……

 決めて欲しいところで決められる男だぜ。

 

「やはりお前は、肉眼として申し分なかった。宝珠ごと大願を蹴っ飛ばす、ねえ? カハハッ……いいぞ! 狂おしく痛快だ!」


 本堂の入り口で仁王立つライレンが、右手を振るう。

 迫っていた宝珠にはひとすじの線が入り、あっけないくらいに両断された。俺たち以外の誰が見ても、勝手に空中で割れたようにしか見えなかっただろう。まるで手品か魔法だ。なにせ切った瞬間しか、薄緑色の刃は出ていないんだから。


頼廉ライレンっ!」

「き、貴様ァ! なにをしたのか、わ、分かっているのか!?」

「分かっている。白様はお怒りだ。信頼して預けたカギを無断で使い、門の奥に潜む叡智をかすめ取ろうという浅はかな魂胆……その大欲非道さにな。ゆえに、返してもらったぞ?」


 シロが足横から現れて、遠吠えをするように見上げる動作をする。

 ちょうど割れた宝珠のあたりを向き、何度か震えて頭を揺らした。


 ライレンの手がシロに触れ、淡い緑の光を放つ。

 みるみるシロの体躯が膨れ上がり、大きくなっていく。小型犬から、ハスキー犬……いや、白い狼の形をとる。精悍な顔付き。なめらかに伸びた体毛。メグを背に乗っけて走れそうなくらいでかい!




「今よりこの頼廉。白と共に紫雲山と袂を分かつ。互いに進むしかない道なれど……阻むものは容赦なく切り伏せ、不義を噛み砕くッ!」

「ぐるるるぅ゛……がぁううううぅッ!」




 白狼シロの咆哮を全身に浴びながら、ライレンは笑った。

 肉食獣が待ちに待った獲物を見つけた時、喉を鳴らしながら獰猛に牙を剥く……そんな顔をしていた。



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