第35話 賽は投げられず宙を舞う
「――つまり御仏は信じるものを浄土へ迎えます。疑いなく大願を聞き届け、救われたと思うことが重点なのです。私たちは
紫雲山。源処寺本堂。
木組みの天井や装飾がある分、学校の体育館とかよりは狭く感じるけど、ご本尊? の仏像までの距離はかなり長い。
一同に信者が集まり、椅子に座っている中、格式高そうな袈裟を着た
天内源十郎に次ぐナンバー2。特にこれから起こす作戦では相手にしないが、人質に出来る状況ならさらった方が他の者が言うことを聞きやすいらしい。本来ならあの場所に源十郎がいたはずだが、まだ不在だ。
金久保の立ち位置よりもさらに最奥。金色の仏像のもとに置かれている宝珠を奪い、すみやかに破壊する。準備はすべて済んでいる。あとは……
「えー、本来であれば現住職、
がらがらとプロジェクターやスクリーンが運ばれてくる。
……動くなら、人の出入りした今か? いや、映像上映となれば照明も落とすはずだ。そっちを待った方がやりやすいな。
本堂の照明が落とされ、薄暗くなる。
流石に映画館並みとはいかないけど、奥に行けば行くほど暗い。
スクリーンには天内源十郎の顔が映し出されている。法座を欠席したことへの謝罪をつらつら並べているようだが、もう関係ないね。
――ここしかない!
座っている信者の最前列から、二人の影が勢いよく席を立った。スクリーンのさらに奥へ向かってまっすぐに走る。
「誰か! 捕らえよ!」
金久保の号令で、脇に控えていた護衛たちが一斉に動いた。
あっという間に足や腰に次々と飛び掛かり、二人を引き倒す。
大人がたくさんのっかってて、重そうだ。
「ネズミが二匹。バカめ。予見していたわ……ん? お前たちは!?」
「……ここは本堂、か?」
「ぐッ……乗んな痛ェよお前ら!」
金久保が照明の復帰を待ち、二人の顔を見て驚きの声を出した。
せいぜいビックリしててくれ。あと少しだけそうしてろ。
「ありか様の護衛付き二人……! そうか。白様を取り逃がし、責任から逃れるため失踪した訳ではなく……すでにその時、
余裕たっぷりに金久保が本堂の奥へ振り返る。
屈強な護衛たちが、短く声を漏らす。
あと少しで宝珠に手が届くところを、ばっちり見られてしまった。
急いで宝珠を引っ掴み、本堂奥の段から降りようと踏み出す所で、護衛役に周りを塞がれる。じりじりと円を狭まれたところでひと息つき、丸めた背中を伸ばして立ち止まった。
まあ、すんなりとは行かないか。
「陽動とはな。まるっきりの無策で来ていないか。しかしこう取り囲まれては何もできまい? 一同の注目を集め、上手く裏をかいたつもりらしいが、甘い甘い。浅はかな素人の考えよ」
「……」
「そのジョギングの上着、フードを取れ。隠した顔を見せてみろ。もし紫雲山の者ならば、操られていようとも身内じゃ。手荒な真似はしたくない」
逆を言えば、外部の人間だったらいくらでも手荒をするぞってことだ。
いいのかその辺しゃべっても? ありがたい話を聞きに来た、何も知らない一般人もいると思うけど。ああ、精神を奪ってみんな廃人になるからいいって判断なのかな?
なら遠慮もいらない。
「……はぁ」
「ふむ、知らん顔だ。なら遠慮もいらぬ。皆のもの――」
「待ちなさい! その方を傷付けてはなりません!」
* *
「ありか様……」
「金久保! その人を傷付けることは私が許しません」
「しかし、ありか様。これは狼藉であります。手心は無用。すみやかに捕縛し、宝珠を取り返さねば」
「彼には、
天内ありか。
メグの家、その最寄り駅で会った時と変わらない、惹き込まれるような綺麗さがある。どの角度から見てもいいとこのお嬢さんって感じの。
あのお上品なワンピース姿じゃない。高校の夏服? 丸襟の半袖シャツにスカート。有名な学校なのか、どこかで見た事ある気はする。
わりとすぐ近くにいたんだな。
俺の顔を見て、知ってるから出て来たってことか?
金久保をさらうには絶好の機会だったんだが……間を外された。
「なんと……そんな縁が。さて、恩には報いたい所ですが、このままでは済まされません。炯の眼に灼かれ利用されていたとしても、眷属に堕とされていたとしても……白様の行方の手がかりには相違ありません。必ず隠していることを吐かせます。それは承知してもらえますな?」
「私が同行のうえ、彼を傷付けないことが条件です……勝手は許しませんよ?」
「よ、よろしいでしょう。ただこの者が素直に従うとは思えませんが」
この子はちゃんとメグ辺りが話したら、こっち側に引き込めそうだ。
すでにそんな悠長な時間ないのが残念だし惜しい。
少なくとも紫雲山の中で、敵にしたくないな。
ただし
悪い奴といい奴ってのが明確に分かれているとして、こいつは腐った悪人のにおいが魂に染みついてやがる。汚らわしいにおいだ……メグに嗅いで欲しくないと心から思うぜ!
「あなた様の事情があるのは分かります。……宝珠を足元へ、放していただけますか? 手荒な真似は私が絶対にさせません。家族のもとへ帰すことも約束します。どうか、抵抗ならさず……お願いです」
「……」
話す間にも、護衛たちの囲む輪はじりじり狭まっている。
同時に飛び掛かられたら、何も出来ず捕まることは確かだ。
ここまでかな? 俺の役目は。
ゆっくりと片膝をつき、手に持っていた宝珠を床に置いた。
一歩、二歩。後ろに下がり距離を取り――空へ息を吐く。
ありかはホッと胸を撫でおろし、金久保はあざ笑いの口端を歪めた。
天内ありかが近くにいて、宝珠を所持したまま取り囲まれている。
オーライオーライ。プランCだな。
ちゃんと決めといた条件に当てはまるモンなのが凄い。
分かりやすくていいし、俺には一番こういうのが向いてるよ。
軽く前かがみになってから左足を踏み出す。身体のバランス、左手の返し。問題ない。加速と精度を保った右足を……宝珠へと振り抜いた。
「宝珠を――っ?」
「け、蹴っただァ――!?」
「あとは頼んだぜ! 二人とも!」
蹴った瞬間。
本堂の入り口から二つの影が飛び出してくる。
赤と緑のにおいが交錯し、それぞれに散っていく。
ありかも、金久保も、信者たちや護衛も。
すべての人が、空中で大きく弧を描く宝珠を見ていた。
いま、ここから……作戦を開始する!
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