第32話 それでもすぐそばに




「……いいの? 状況次第では、あなたの仲間を傷付けるかも」

「二言は無い」


 じわりと身体が熱くなる。

 私の中でどうしても消せなかった、心細さが消えていく。

 これ以上ないくらい、いい知らせだ。


「大願を潰すという点で、互いに利害も一致している。そして……望めるのなら。俺はありかを救ってやりたい」

「ありかちゃんを?」

「もともとハクが余計な世話を焼いてありかを助けた。俺も何の因果か手を貸すしかなかった。だが助けたからには、終いまで面倒を見てやらねば、と思っている。お前もそうだろう? ハクに助けられたはずだ……どんな思惑があるかは分からんが」


 たしかに私の心を、剥離した状態から元通りに繋ぎ合わせられたのは、シロの炯眼けいがんがあってこそだ。アリカちゃんもどこか影があるというか……何か訳ありな感じはした。シロやライレンにどんな風に助けてもらったんだろう?

 たぶん命に関わるような……差し迫った事情があった。しみ出るにおいから察する限りそんなイメージが湧く。


「源十郎のことも、大願も。明日起きようが、100年後に起きようが、然したる興味もない。だが……ありかは。いまも源十郎に命じられ、大願成就のための駒にされている。親が、子を……! 手前てめえだけの都合で利用する。俺にはそれが、心の底から気に食わん」

「……」

「あくまで大願阻止が最優先だ。だから俺の個人的な願いは――」

「いいわそれで。お互いの望みが叶うよう協力する。ちょうど、ありかちゃんとのお茶も途中だったし……すべて片付いたら、改めてみんなでティータイムね」


 やる気が出てきた。

 いいねぇそういうの好き。終わったあとのお楽しみってやつ。

 あふれる情熱と意欲をもって紫雲山へ行けるよ。


 振り返ってライレンを見ると、苦笑いを浮かべている。

 もともとこんな風にしか笑わないけど、悪くは思ってないようだ。


「きっとありかも喜ぶ。是が非でも大願を阻止せねば……入念な準備がいる。俺が揃えよう。お前にも手伝ってほしい」

「準備? なにか必要なの?」

「さすがに手立てなしに乗り込めんさ。源処寺の間取りは俺が教えてやれる。いますぐにでも現地の確認をしたいと思っているだろうが……お前は炯眼を持っている。向かわずとも下見は可能だ」

「え? ……あ、そうか。ずっと遠くを見通すことも出来たんだっけ」

「千里眼。とは行かないまでも俺たちが初めて対峙した時のように、視界だけをその場所で開くことが出来る。侵入から脱出までの道すじも頭に入れてもらう。やるからには絶対に成功させるし、その為の手間は惜しまん」

 

 大願を止めるために何が必要なのかが、みるみる現実味を帯びていく。ぼやけて曖昧だった私の計画が、ちゃんとした形に変わりつつある。やっぱり一人より二人だ。ライレンが優秀過ぎるってのもあるけど。

 

「私は何をすればいい?」

「人員を確保してほしい。作戦は、状況に応じていくつか練るにしても……このままでは上手く立ち回ったとて失敗の出目が多い。奇襲ただ一度のみで目的を達する。そうでなくては多勢に無勢。難しいだろう」

「こっちには炯眼と法眼が付いてる。そりゃあ、簡単とは思わないけど……」

「それよ。異能がゆえに俺たちは特有のにおいを持つ。向こうに感知されれば、カギ白の力は隠され、俺たちは取り囲まれ追い詰められる。まさか、ことごとく切り破るとは言うまい?」

「荒事もなく、で済むのなら避けたいな」

「せめてあと一人。ただの人。ただの目。が欲しい。欲を言えば運動に長けた者ならなお良いが」

「……誰かを操って、連れて行くってこと?」

「ああ。事情を話し、納得のうえ付いてくるとは考えにくい。炯眼で深く入り込み、精神を補強し、身体能力や五感を鋭くさせれば――」

「それは断るわ」


 いくら手が足りなくたって、誰かを巻き込むのはいやだ。

 ……ほんの一瞬、警察の武市さんが頭に浮かんだけど。

 あの人は異能に対して憎しみのこもった私情をめっちゃ秘めてるしなあ。 

 敵対しないだけで助かってる。


「ならばそちらも俺が何とかしよう。紫雲山一派でも、俺を盲目のように慕う者……いないでもないが。この状況では頼れない」

「ねえライレン。私たちだけで何とかならないの?」

「元より分が悪いのは知っての通りだ。相当に動けるものが要る。幼少からその道に打ち込み、才能を磨き続けた逸材が。ちょうどいまドアの向こうにいる――あの青年のような」

「絶対だめっ! コウちゃんは行かせない!」

 






 *  *







 立ち上がりかけた拍子に、足がテーブルにぶつかった。

 テレビ台の……フットサルの優勝ボールが落ち、てんてんと転がる。

 

 お、おもわず叫んじゃった。

 ライレンは別に、コウちゃんを選んだわけじゃないのに。私が早とちりして余計な反応を……あんだけ声押さえてた意味ないぞ!

 ライレンも肩に触れていた手を離して立つ。

 私をドアの方から、隠すように。 


「メグ! 大丈夫か!? 声が――」 


 うっわ、大丈夫だけどまずい。

 落ち着け! いいから落ち着け私!

 

 が終わってライレンが立ち上がった。  

 そしてこれはれっきとした健全な医療行為。だから問題ない。

 ただブラウスを着直して、ボタンを留めるだけ。平然としろ。


「メグ、お前……」

「な、なんでもないよコウちゃん? ひゅごっ……すごい声だしちゃって、おっおっ、驚かせちゃった!?」

 

 だめだやっぱ無理。恥ずかしすぎる……コウちゃんの方見れない!

 また勘違いされちゃう。でも手が震えて、ボタンを留められないんだよ。

 ライレンがこちらを見ずに、そっと耳打ちしてくる。


「処置は済んだ。肩をゆっくり回してみてくれ。問題ないはずだ」

「んっ……あ! ほんとだ全然痛くない」

「さっさと服を着ろ。こっちは明日のため準備を始めておく。昨晩、俺たちが対峙したあの場所。気持ちの整理がつきしだい来てくれ。お前のにおいを辿り、途中で合流しよう」

「……わかった」

「その青年と一緒でも、一人でもいい。そして決心が少しでも鈍ったなら、意地では来るな。引き返すことは恥じゃないし俺を案じる必要もない。その治った身体を第一に考えろ」

「……うん」


 ライレンはゆっくりと歩き出し、コウちゃんを見定める。その視線に敵意はない。目の前の激昂した睨みつけに対して、涼しげな態度を示している。

 挑発っぽい一連の言動は、意図したものじゃないらしい。《何かしでかしてしまったかな?》って感じのにおいだ。


「さて、無事に帰らせてくれるのか? 玄関で突っ立ったままでは靴を履けないが」

「俺が送ってやるよ……てめぇは家まで蹴り転がす!」


 大きく右足を踏み込む。

 反動で跳ね上がったコウちゃんの足は、ライレンの頭を目掛けて正確に蹴り抜いた。サッカーボールだったらベランダのガラスを簡単に突き破っただろう。


 ライレンが消えた。

 

 ってコウちゃんは思っている。

 私も炯眼が無ければ、ここから見ていても同じ感想だったと思う。


「惜しいな。やはり、これほどの逸材なら申し分なかった。明日までに同じ動きが出来る者を探せるかどうか」 

「……後ろだぁ!? どうやって」


 左足の蹴り上げと同時にライレンも身体を沈めて、すれ違うようにキックの横を――いや、。両手は使ってない。体捌きだけでコウちゃんの真後ろに回り、背中合わせになっている。

 

 そのまま悠然と靴を履く。寄りかかっているだけなのにコウちゃんの身じろぐ動きを制止させている。

 そういう武道の技術があるのかな?


「そろそろおいとましよう……お前もだハク。居るだけで無粋なこともある。邪魔はしたくないだろう? 蹴られても噛まれても俺は知らんぞ。ではこれで失礼する」

「……わう」


 シロは小さく吠え、するすると玄関を横切ってライレンの足にすり寄る。

 ドアのすき間から抜け出ると、ゆっくり閉まった。

 そして静寂が訪れる。


「……」

「……」


 それは気まずさの境地。


 改めて服の乱れを整え、リボンシュシュを弾いて髪を何度もいじる。

 ずれたテーブルを直し、高校のとき優勝したフットサル大会の景品ボールを所定の位置に乗せる。


 ……誤解、してるよね絶対。

 ため息を喉の奥に押し込む。私の真剣さが伝わるように説明をしなくちゃいけない。コウちゃんの頭ン中でからまった誤解と邪推の糸をほどかないと、大切な友情と親愛を失うぞ。丁寧にかつ慎重に。

 高校時代のこじれにこじれた恋愛相関図を思い出せ(私は蚊帳の外だったけど)あれを私は解いた。そして今は一対一。保育士のスキルを存分に振るうことだって出来る。




 あー炯眼使いたい。




 でも一度きりで充分だ。あんなのは。

 好きな人のこころを弄ぶなんて、しちゃいけない。

 たとえ寄り添う資格がなくても――コウちゃんの近くにいたいから。




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