第31話 石と宝石の違いは何か?
「えっと、どこでするの?」
「ん……別に、その辺だな。好きなところに座ればいい」
戻った部屋ではシロが相変わらず寝そべっていて、だるそうな視線で出迎えてくれた。ライレンとシロは、どんな話をしていたんだろう? 雑談ってことはないだろうし、大願に関わることならぜひ聞きたいが……
「肩を見せてくれ」
「うん」
テーブル横に座り、リボンシュシュを背中側に弾いた。
ブラウスのボタンをひとつひとつ外し、両肘の所まで下げて
後ろにいるライレンに首が見えやすい姿勢をとる。
……肩は露出したけど、インナーが邪魔になるかな?
「紐も右だけ外そうか?」
「そのままでいい。始めるぞ」
「……お願いします」
ライレンの手がゆっくりと傷口に触れる。冷たい、ひんやりとした手だ。
治療が目的なのは分かってるけど……ヤバいな。
恥ずかしくなってきた。
「ど、どうかな? すぐ終わりそう?」
「時間はかかるが身体の負担を少なく、傷が残らないことを重点とする……もし耐えられそうにないなら早く済ませるが」
「ああ、その……たっぷり時間かけてください」
「承知した」
かならず傷を消して元に戻す。
真剣な雰囲気とにおいを感じて、自分の考えを改める。
ふしぎだ。
いくら治療とは言っても……私は進んで男性に肌をさらしている。
二週間前。男に殴られ蹴り転がされ、路地裏で死ぬかもしれなかったのに。いまは自分を切り殺そうとした人に、無防備なまま命を預けている。考えもしなかった巡り合わせだ。
「ひぅ……ん、あっ」
「……」
うぁ……い、痛くすぐったい。
傷口の下、皮膚の中が蠢いてるような、そんな感触が続く。
く、口を押さた方がいいかも。
「痛いか?」
「んふっ……や、うぅん。違っ、だいじょうぶ、だから……!」
外のコウちゃんに聞こえでもしたら、もう避けられぬ事案だ。
武市さんにいろいろされた時だって、大きな叫び声は出さなかったんだけどな。動揺に強い精神構造に組み替えても、無意識に漏れる声と息はなんともできない。
本当はあとで……服装と襟を正してから言いたかったけど仕方ない。
ここで伝えよう。
「昨日の夜。三人の仲間たちをあなたに切らせたこと、謝るわ。ごめんなさい。償いなら何でもするつもりよ」
「――その言葉、受け取ろう。償いもなにも、全員が覚悟のうえ
「ライレン……」
「それに、大願のため
ライレンは羨ましい、と思っているらしい。
迷いというより、何をしたらいいのかも思いつかないほど、魂が沈まずに浮いている状態。仲間たちに対して死を悼みながら、残された自分をどう扱えばいいのか途方にくれている。そんなにおいだ。
「精神世界を越えて……星向こうの
「……ええと、たしか《救いは叶わない》と言っていた気がする。一度混ざった物はもう元には戻らない。覆水盆に還らずだ、って」
「そうか。他に、伝言や願いを聞いていないか?」
向こう側のシロは私に教えてくれた。
重要なのは《大願》を、どうすれば阻止できるのか考え続けること。
……うん。まだ私はそれが出来ている。
あとは何か、特別なメッセージなんて受け取ってたかな?
「ごめんなさい。あとは思い当たらない――ああ、希望は
「希望? お前が希望だと!? ……ハハハッ。返礼に俺からも伝えるべきことを伝えておこう。あいにく悪い知らせしかないが……大願成就までの
向こうの時間制限?
あ、シロが弱って死んでしまうことを言っているの? そうだとしたら私を含めた門と鍵はぜんぶ消える。その前に私という存在を知られず、シロへと迫る紫雲山の人たちを避け、天内源十郎をどうにかしないと。
「うん? 大願には、門と鍵が必要なのよね?
「それは違う。門を創りだすことは出来るのだ。数百人単位の人間の精神を捧げれば、支配者の毛先が通り抜けるくらいの門を……創造は可能だ」
* *
「本当なの!? もしそうなら……」
「不完全だが門を作り、鍵はお前の炯眼と……あともう一つ。
つまり私とシロが正規の門で、炯眼がマスターキーってわけか。
でも星の向こうへ繋げられることに変わりない。
「数百人規模の精神を、どう集める?」
「源処寺は明日の正午、法座を開く。有難いおはなしを聞くって奴だ。つまり息のかかった信者が多く集まる。その精神をそっくり頂く気らしい」
「精神の力みたいなものが……奪われた人はどうなるの?」
「頭痛、めまい、錯乱から昏睡。人によって差はあるが、死ぬ者も出て来る」
……向こうは向こうで進めてるのね。そして別に私たちを探すことに躍起になってるわけでもない。これはヤバいな、けど有益な情報だ。
なにしろ時間がない。私の中に、刻一刻と減っていく数字が刻まれた。タイムオーバーまで……あと23時間くらいってとこか。
「ありがとうライレン。いい知らせだった。傷が治ったらすぐ紫雲山に向かうわ。偵察と……可能なら源十郎の所まで行く」
「なぜそう思える……?」
「なぜ? おかげで危機感を持って乗り込めるし、様子見で逃げ帰ることも無くなった。それに、待ってたら大願を止められないじゃない」
「違う! なんでわざわざ危険を冒して挑むのだ、と言っている! 諦めればいいだろう。お前は死にたがりではないし、自己犠牲の精神に酔っている訳でもない。炯眼や
なんでって言われてもな……いやだからだ。
心の底から嫌なものを、どうぞと受け入れたことは、一度だってない。
理不尽で残酷なものに……地べたを蹴り転がされても、精神をバラバラにされても、いやだって言葉や意志を自ら折ったことは、ないんだよ。
ライレンが聞いてることは分かる。
でも上手く説明できないな……どう伝えればいいんだ。
「私はね……椅子取りゲーム、すっごく弱いんだ」
「ん? イス?」
「一番の友だちに言われたことがあってさ。『メグの性格は利用されるだけ。世間や社会を椅子取りゲームに例えたら、メグは最後の一席になっても座りたい誰かがいないかキョロキョロしてる大間抜けだ』って」
頼まれたら大抵のことは聞いてしまう私に、みぃちゃんがブチ切れしたことがあって……その時、胸ぐら掴まれそうな勢いでぶつけられた言葉だ。みぃちゃんらしい皮肉と熱が込められてる。
私自身、当時を振り返ってみると当たってるし、今もかなりそう思う。
大願が叶ってしまえば、誰もがただ用意されたイスに行儀よく座るだけだ。押しのけてでも、掴みたい夢や想い。それに向けて気持ちを燃やしていく過程。打ちのめされた挫折。成功した達成感。なにもかもがすべて吹き飛ぶ。
そんな世界はいやだ。
誰でも座れるイスに価値なんてない。
子ども達みんなが手を繋いで一緒にゴール? 笑わせるな。保育士としてまだまだ経験は浅いけど、それは子どもにやらせることじゃない。
……世界はそんな風にできてないから。
「かけっこで一位になったことないし、椅子取りゲームは得意じゃない。だけど勝敗も明暗もぜんぶ混ぜ込んで、同じにして欲しいとは思わない。そこらへんの石と、宝石を、同じにするな……! 大願? そんなモン私が……蹴り転がしてやる!」
「……」
挑戦する人の意志に。伸ばした手に。弱音を噛みつぶす唇に。
悔し涙をぬぐう腕に。滲んだ勝者を見つめる目に。
すべて――意味がない? そう思ってるだろ?
星向こうにいる、白い毛玉の神サマ。
ならこの席は……譲れないな。
私にだって、誰かを押しのけてでも叶えたい想いがある。
やるだけやったことが、報われたいって思うよ……!
報われずに終わることだってある。想いは叶わないかもしれない。
だから、信じて向かって行くことに価値がある。
「俺も行ってやる」
「……え?」
「
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